ビロード(veludo)

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典雅深淵美

ビロードはヴェルヴェットのことである。美しい毳織物。舞台での「小公子」の衣裳には欠かせない生地であろう。
「ジ・アイアン・ハンド・イン・ザ・ヴェットヴェット・グラブ」。「ビロードの手袋を嵌めた鉄の手」。あまりにも有名な喩えであって、「外柔内剛」に意味になる。フランスでもまったく同じ表現があるらしい。たとえばボルドーの極上名酒にも使われることがあるから、むしろフランス生まれの譬喩であるのかも知れない。
それはともかくビロードがこの上なくしなやかであってこその形容であろう。ビロードはサテンの輝きとはまた別のものである。光を吸い、放つ。ここにえも言われぬ光沢があらわれて、それはビロードならではのものである。
ビロードは輪奈織物のひとつでもある。その意味ではタオル地にも似ている。表面のループを切り開くことで、緻密な毳が生まれる。ただしビロードはふつう絹で織られるのだが。コットンによるビロードは、「ヴェルヴェティーン」velveteen。これを略して、「別珍」と呼ぶのである。
ビロードは十三世紀のヴェニスにはじまるという。十三世紀の昔、輪奈織物を切り開いて、毳を作ることを考えたヴェニス人は立派であった。おそらくは当時の蠟燭やランプの光の中で、いかに優雅な光沢を放つかを考えてのことであっただろう。
十三世紀、ヴェニスのビロードは、十四世紀になってフィレンツェへ。フィレンツェからミラノへ、ミラノからジェノアへ。フランスのリヨンでビロードが織られるようになったのは、1408年のことと伝えられている。
はるか遠くポルトガル船によって日本にビロードが齎されるのは、十六世紀のことである。日本の年号では、天文年間のこと。
ポルトガル人はこの珍しい生地を、「ヴェルード」 veludo と言った。ここから、「ビロード」の名前が生まれたのだ。そして「ビロード」を表すために、「天鵞絨」の文字を宛てた。これは「白鳥」の意味であったという。もしそうだとするなら、日本人がはじめて見たビロードは、純白であったのだろうか。
ビロードのことをフランスでは、「ヴェルール」 verlours という。イタリアでは、「ヴェルート」 verlluto となる。これはラテン語の「ヴィルウス」 villus から来ているという。

「三郎右衛門 唐木綿 五端 奉る。 又 南蛮 伴天連 天鵞絨 一巻……」

『徳川実記』 慶長十三年十二月十六日のところにそのように出ている。つまり、この時、ポルトガル人宣教師が将軍にビロードを献上した記録に間違いない。「一巻」とは、今の一反だろうか。
それはともかく慶長十三年に少なくとも「天鵞絨」の言葉が使われていたわけだ。と同時に、ポルトガル人宣教師は将軍がビロードに興味を示しことをも知っていたものと思われる。
ひとつの例として、かの上杉謙信は、鮮やかな紫色のビロード地の陣羽織を愛用したという。これは米沢の「上杉神社」の所蔵となっている。

「天鵞絨一寸四方、繻子毛抜袋になる。緋繻子槍印長……」

井原西鶴著『日本永代蔵』 ( 元禄元年刊 ) の一節。文中の「槍印長」は、槍を持ち運ぶ時の頭につけた、目印としての布のことであるという。もしかすればビロードをその布に使ったのだろうか。いずれにしても、当時のビロードが貴重品であったことが窺われるものだ。

「天鵞絨 ( 比呂土 ) 思うに、天鵞絨は阿蘭陀・広東・東京(トンキン) ・福建いずれでも生産される。絨とは練り熟した糸である。純黒、純白、柳条筋 ( しま ) 、その美しさと光沢は天鵞 ( はくちょう ) の翼に似ている。そこでこう名づけるのである。わが国で織られる天鵞絨の美しさは異国のものより勝っている。」

寺島良安著『和漢三才図会』には、そのように説明されている。ということは、正徳二年 ( 1713年 ) 頃、すでに日本でビロードが織られていたわけだ。
もっとも日本でのビロード織は、慶長年間と、慶安年間とも言われて、今なお結論が出ていない。
日本でのビロード織は西陣ではじまったのだが、さすがにその技法は解らなかった。ところがある時、舶来ビロードの中に、一本の針金が遺されたままになっていた。ここからビロードの謎が解明されたという。

「羅紗入りの釦占( ぼたんじめ ) の深靴かはき、俗に華族外套とて裾短なる鉄納戸のおぶあこおとに同じ色の天鵞絨 ( ヴェルヴェット ) の襟をつけ、いかにも高等に見せる扮装 ( いでたち ) 。」

尾崎紅葉著『おぼろ舟』 ( 明治二十三年 刊 ) の一文。「おぶあこおと」は、オーヴァー・コートのこと。「鉄納戸」は、今のブルー・グレイであろうか。つまりボタン・ブーツを履いて、ビロード襟のコートを羽織っている姿なのだ。
今からざっと百二十年前のことではあるが、今日なお立派に通用するスタイルであろう。

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