神秘布
ウールは羊毛のことである。羊の毛を刈り、糸に紡ぎ、その糸で織った布のこと。紡毛糸があり、梳毛糸があるのはご存じの通り。
ただし時と場合によってはリャマやアルパカなどの獣毛をも含めて、「ウール」と呼ぶこともある。つまり狭い意味での「ウール」と、広い意味での「ウール」とがあるわけだ。
ウール wool は古い英語の、「ウル」 wull から来ているという。フランスでは、「レーヌ」 laine となる。これはラテン語で「羊」を意味する「ラーナ」がもとであるらしい。広く「レナージュ」 lainage といえば、「ウール製品」を指すとのこと。
英語で、「オール・ウール・アンド・ア・ヤード・ワイド」 all wool and a yard wide といえば、「本物」の意味になるという。昔はウールに混ぜ物をすることがあったのだろうか。これはほんの一例で、ウールを使っての慣用句は少なくない。ウールと人間との関係が浅からぬことを物語るものであろう。
「ウールは生きている」とはよく言われるところであろう。ウールの繊維、ひとつひとつを拡大して見ると、「スケール」と呼ばれる「鱗」に覆われている。このスケールは湿度によって、開いたり閉じたりする。つまり呼吸しているのである。要するに繊維自体がある程度の「空調機能」を備えているわけだ。このウールの持つ呼吸が人間にとってのより良い環境保ってくれる。
プロの登山家が冬山に登る時、オール・ウールのウエアを用意するのも、そのためであろう。また、ウールの寝具に包まれて寝ると、不眠症が治るとも言われている。それもまたウールが「生きて」いることと関係しているのであろう。
古代人が果たしてこのウールの神秘を理解していたか否かは、定かではない。が、古代人もまたウールを愛用していたことは、歴史の語るところである。
紀元前四千年の古代エジプトで、羊が家畜化されていたとのことである。やがてそこから毛を刈り、糸を紡ぎ、織ることがはじまったのであろう。
古代人の描いた壁画には多く羊の絵が遺されている。同じように糸を紡ぐ様子、糸を使って織る様子も描かれている。
古代エジプトでは、羊毛の下に錘をつけて、糸を紡いだらしい。また縦に枠を組んで、縦糸に緯糸を通す方法がとられていたようである。
時代ははるかに下がるのだが、『ルドヴィシの玉座』と名づけられたレリーフがある。およそ紀元前460年頃に作られたもの考えられている。今は、「ローマ国立博物館」所蔵となっている。
『ルドヴィシの玉座』は、今まさにヴィーナスが海から生まれようとしている場面。ヴィーナスの両脇にはふたりのニンフが引き上げようとしている。と、同時に、ヴィーナスに衣を着せようともしている。そのヴィーナスへの衣こそ、ドレープの表情からウールであろうと思われる。おそらく紀元前460年頃、ウールは女神にもふさわしい布であったに違いない。
古代ローマの主要な衣裳に、「トーガ」 toga があった。トーガは一枚の布地であって、これを身体に巻きつけることで、衣裳として完成させた。ことに胸にあらわれるドレープのことを、「ウンボ」 umbo と呼んで、その美しさを競った。そしてトーガの多くがウール製だったのだが。
一般市民はオフ・ホワイトのトーガを、貴族階級は紫の縁取りのあるトーガをそして紫色のトーガは王に限って許されたのである。古代ローマの紫貝による染色は、貴重だったからだ。
紀元55年頃、ローマ人はイングランドに上陸。ローマ軍がイングランドを平定すると、すぐに行ったのが、ウール工場の建設であった。その時代のローマ人にとってのウールは、それほどに必要不可欠であったと思われる。そのウール工場は今のウインチェスターに建てられたのであった。
イングランドでのウールの歴史も古い。イングランドは昔から羊毛の輸出国であった。羊毛を輸出し、その帰りにワインを運んだのだ。
羊毛があるならそれを糸とし、布地として輸出したほうが賢明ではないか。こう考えたのが、エドワード三世であった。そこで深謀遠慮、原毛の輸出を禁止。1337年のことである。
イングランドからの原毛が入って来なくなって困ったのが、当時ウール産業の栄えていたフランドル (今のベルギー ) である。フランドル人の多くがイングランドに移住。当然、エドワード三世はフランドル人を特別に優遇したので、その後英国のウール産業は画期的に発展するのである。
「裏地が薄絹で、真紅や青がかった灰色の上衣を着ていた。」
チョーサー著『カンタベリー物語』の一文。時代背景は、1387年に置かれている。これはカンタベリー詣でに参加した一行の、ある医者の様子。「裏地が薄絹で」ということは、表地はウールではなかっただろうか。
「羊毛 (ウール ) の紡織機ハ、二千八百九十一ヶ所 ( 大場少キニヨル ) ……」
久米邦武著『米欧回覧実記』(1877年刊 )には、そのように出ている。「羊毛」書いて、「ウール」のルビを振ってある。おそらくは日本での「ウール」のはやい例であろう。
「後聞に、その用 舶来の黒羅紗を帯にしたるが、そのしんに白羅紗を重ね入れて、表の黒羅紗を花形にきりぬき下の白色に紋あらはしたるるやうに製したるありと……」
松浦静山著『甲子夜話続篇』には、そのように出ている。羅紗がウールであることは言うまでもないが、江戸期にはずいぶんと粋な工夫のあったことが分かる。