スェード(suède)

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スェードは表面に美しい毳のあるしなやかな革のことである。
スェードは、「スエード」とも。また、「スウェード」と書かれることもある。おそらくはあの独特の表面感を少しでも美しく表現したいがためであろう。
ここではいくつかの辞書に照らして、「スェード」が多いように思われたので、それに従う。
「スェード」がフランスの スェード suèdeから来ていることは明らかである。イタリアでも同じく、「スェード」になる。
フランスでの「スェード」は、十九世紀末から使われているようである。それは「スウェーデン製手袋」の意味であった。今なお「スェード」には「スウェーデン製手袋」の意味がある。
スェードは、ヴェルヴェット・レザーでもあって、おそらくはヴェルヴェットがひとつのヒントになっているのではないか。ヴェルヴェットに似て、ヴェルヴェットよりも強い革を。
そしてもうひとつのヒントは、バックスキン。バックスキン buck skin の歴史は古い。古代のネイティヴ・アメリカンが発見したものではないだろうか。
牡鹿の皮を燻すことによってバックスキンを得た。ただしその表面は傷が多いので、裏面を使ったのだ。
ごく単純に考えてスェードはバックスキンを父、ヴェルヴェットを母として生まれているのであろう。
ごく初期のスェードは、仔山羊の革を使ったようである。仔山羊の表面にエメリー加工を施すことによって、スェードとしたのだ。エメリー加工は、今我われがサンドペーパーにかけるのとよく似ている。仔山羊であれば薄く、伸縮性に富み、手袋の素材には最適であったに違いない。

「スェードは仏語が原語で、スェーデンの意。未仕上の子やぎのなめし革で作った手袋を、スェーデン手袋 gant de Sueden といったことにはじまり、その色と材料に関する語となった。」

石山 彰編『服飾辞典』には、そのように説明されている。「スェード」は単に革の質だけでなく、色の名前にも使われることが分かる。

「パリ、グルノーブル、ブリュッセルで作られたキッドとスェードの手袋」

1884年、ロンドンで開かれた「国際健康博覧会」のカタログに、そのように紹介されている。健康と手袋がどのように関係しているか。
それはともかく1880年代の英国でスェードの手袋が知られていたことが窺えるものだ。グルノーブルは昔から有名な手袋の産地だが、当時はパリやブリュッセルでの手袋が作られていたものと思われる。

「彼女はオープンワークを施した、ごく上等な仕立ての、淡いスェード色のシルク地のガウンを羽織っていた。」

1888年『デイリー・ニューズ』紙4月23日付の記事の一節。これは「スェード色」なのである。「スェード色」があったということは、スェードそのものがあったからに、他ならない。

「スエエドの黑い靴は、さう、裏口に廻してよ。」

川端康成著『東京の人』 ( 昭和二十九年 ) の一文。これは母の敬子が、娘の弓子に対して言う言葉。川端康成は最初、「スエド」と書いたものを、後に「スエエド」に直している。

家を出たさかえは、紺のスエドのハイ・ヒイルで、古い町通りを、ゆつくりと歩いた。」

川端康成著『女であること』 (昭和三十一年 ) には、そのような文章が出てくる。ここでは「スエド」になっていることが、お解りであろう。
川端康成にこれほど想わせたスェードを、もう一度考えてみたいものである。

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