トップコート(topcoat)

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青春外套

トップコートはやや着丈の短い、ゆったりとしたラインの外套のことである。グレイトコートがあり、オーヴァーコートがあり、アウターコートがあり、トップコートがあるわけだ。
トップコートの「トップ」については「上半身」と解する説と、「いちばん上と解する説とがあるらしい。私は後者ではないかと考えている。
トップコートを省略して、「トッパー」 topper 呼ぶことがある。ただしこれはアメリカ的な表現かと思われる。イギリスで「トッパー」と言ったなら、「トップ・ハット」 ( シルク・ハット) を指すことが多いからだ。
一方、日本では「スプリング・コート」の名前がある。いや、あった、というべきであるのかも知れないが。春先に着るにふさわしいものであるから、「スプリング・コート」。ただしこれはれっきとした和製英語である。
この欄でいつもお世話になる、三省堂編『婦人家庭百科辭典』 ( 昭和十二年 ) には「スプリング・コート」は見当たらない。そればかりか「トッパー」も、「トップコート」も、「トッパー・コート」も探せない。あるいはこれらの言葉は戦後になって、多く使われるようになったものであろうか。
では、アメリカではどうであったのか。アメリカでのトップコートを考えるには、『エスクァイア版二十世紀メンズ・ファッション事典』 ( 1973年 ) を開くべきであろう。それというのも、この事典の第四章は、「トップコート・アンド・オーヴァーコート」になっているからである。
『エスクァイア版二十世紀メンズ・ファッション事典』を開くと、1900年に「ベニー」 benny という名のトップコートのあったことが窺える。「ベニー」はベンジャミンの愛称であるのだが、今となっては、どこの、いつのベンジャミンに因んだものか、定かではない。
そのベニーでもあるところのトップコートは、「ハートシャフナー&マークス」社の製品であって、シングル前、フライ・フロント、セット・イン・スリーヴのデザインになっている。
このベニーとほぼ同じトップコートは、1902年に「ヒッキー・フリーマン」社も紹介している。サック・コートやや上回るほどのコート丈で、両脇に幅広のフラップ・ポケットが付いている。セット・イン・スリーヴや、フライ・フロントなど、1900年の「ハートシャフナー&マークス」社のものと酷似している。おそらく1902年ころ、このようなトップコートが流行ったものと思われる。

「トップコートはオーヴァーコートよりもはるかに軽量の生地で仕立てられる外套のことである。トップコートは一年のうちのわずか数週間を、より優雅に過ごしたい、裕福な、ファッション・ピープルのためのものである。」 ( 前掲書 ) 。
ここでの解説はトップコートの本質を衝いている。たしかに数週間のために、それ専用のコートを用意するのは、粋なことであり、贅沢なことでもあっただろう。トップコートは寒さのためにというよりも、さらなる快適を求めてのことであったのだ。
では、イギリスでのトップコートはどうであったのか。英国のトップコートとなれば、プリンス・オブ・ウエールズを忘れてはならない。もちろん後のウインザー公である。
1934年ころ、英国皇太子はスコットランド、エディンバラの町を歩いていた。その時の皇太子は軽装であった。が、急に気温が下がってきた。スコットランドは「一日のうちに四季がある」と言われるほど、天候が変わりやすい。
皇太子はエディンバラの町を歩いていて、一軒の洋品店に目をとめた。そのウインドーにコートが出ていたからである。皇太子は店の中に入る。
出てきた時は、ゆったりとしたシルエットのトップコートを羽織っていたのである。それはピークト・ラペル、ラグラン・スリーヴ型、フライ・フロントのデザインであった。
生地は軽いウールで、白と黒とのブロック・チェックのものであった。この皇太子のトップコートが早速話題になったことはいうまでもない。
当時、アメリカのファッション誌『アパレル・アーツ』は、これを「プリンス・オブ・ウエールズ・トップコートと命名したものである。今日のトップコートの原型は、このプリンス・オブ・ウエールズ・トップコートではないか、と思われるほどだ。

「妙子は外出するのか、トツパア・コオトをきてゐた。市子は思ひがけない出來ごとのやうに、「あなたどこかに行くの?」

川端康成著『女であること』 ( 昭和三十一年 ) には、そのような一文が出てくる。これもまた、トップコートのひとつであろう。『女であること』を一例として、時してトップコートは女性用かと思われている節がある。
しかしトップコートは決して女性専用ではないことを、強調しておきたい。

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