ターンナップ・カフ(turn-up cuff)

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二重裾 ( ふたえ すそ )

ターンナップ・カフはズボンの裾口の折返しのことである。単に、「ターンナップス」 turn-ups とも。
これに対して上着の袖口を折返すデザインについては、「ターンバック・カフ」という。上着の袖口はめったに折返さないが、トラウザーズの裾を折返すのは珍しいことではない。というよりも、ターンナップ・カフのほうが本式である、との意見もある。
日本では俗に、「ダブル」ともいう。カフ・レスは「シングル」となる。が、シングルもダブルも純然たる和製英語である。また専門家の間では「マッキン」とも「カブラ」とも呼ばれる。
「マッキン」は一説に、アメリカ二十五代大統領、ウイリアム・マッキンレーに因んでいるとも言われるのだが、定かではない。また、「カブラ」については次のような話がある。
明治期の洋服師が「ターナップ」の言葉に出会った。その洋服師はこれを「ターニップ」と解した。が、その意味が分からない。そこで英語に通じている先生に訊ねる。「ターニップとは何でございましょうか?」。すると先生は答えた。「ターニップは、蕪のことじゃよ」。「はあ、ターニップとは、カブラでございますか」。こうして「カブラ」と呼ばれるようになったのだと。
落語を地でいくような話ではあるが、明治期の西洋服についてはこのような話も少なくはなかったに違いない。
モーニング・コートに合わせるストライプト・トラウザーズには決してターンナップ・カフを付けない。それはイヴニング・ドレスにおいても、ディナー・ジャケットにおいても同様である。必ず、例外なく、カフ・レスとなる。それは十九世紀のトラウザーズにターンナップ・カフを付ける習慣はなかったからである。
トラウザーズにターンナップ・カフがあらわれるのは、十九世紀末のこと。それが一般化するのは、二十世紀はじめのことである。
ごく簡単に言って、十九世紀以前のトラウザーズにはターンナップ・カフは、無い。二十世紀以降のトラウザーズには原則としてターンナップ・カフが、付く。
ただし1945年以降のアメリカのズボンは、カフ・レスとなる。これは「WPB」と直接に関係している。「WPB」は、War Production Board の頭文字である。ふつう、「戦時生産局」と訳される。WPBの目的は、物資の節約であった。WPBの節約は、紳士服にも及んだ。たとえばダブル前の上着も生地の無駄とされた。パッチ・ポケットも。そして、ズボンの折返しも。
1945年に戦争が終わってからも、アメリカでのカフ・レスはなぜか継続されたのである。
ところで十九世紀末、なぜ英国でトラウザーズの裾を折返すことになったのか。それは当時流行ってボート遊びと関係している。ボートに乗る時、トラウザーズの裾を折返すことがあった。船から降りると、裾口を元に戻したのだ。
十九世紀末のボート遊びについては『ボートの三人男』に詳しい。ジェローム・K・ジェローム著 丸谷才一訳 『ボートの三人男』 ( 1889年 ) は、ユーモア小説の傑作である。

「河水は一面、派手なブレザーコート、しゃれたハンチング、いきな帽子、さまざまな色のパラソル、絹の膝掛け、上着、ひらめくリボン、優雅な白い服などのもつれあった混雑で埋まっていた。」

「河水」とあるのが、テムズ河であるのは言うまでもない。もちろんこれは当時のボート遊びの活写なのだ。つまりテムズ河を埋め尽くすほどに、それは流行ったのだ。
余談ではあるが、1880年代、英国のブレイザーについて語ろうとするなら、『ボートの三人男』は、必読書である。1880年代のブレイザーがどうであったか、よく分かる教科書でもある。
それはともかく、たとえば赤のブレイザーに白いトラウザーズであるような場合、裾を折返して、船に乗る。そのほうが足さばきが良くなるからだ。それで船から降りて、元に戻す。しかし時には、元に戻すのを忘れることもある。いや、わざと忘れることもあっただろう。というのは、ボート遊びは粋なことであったからだ。トラウザーズの裾を折返していることは、ボート遊びの直後であり、それは恰好良いことであったから。
このボート遊びでの習慣が後に一般化したのが、今のターンナップ・カフなのである。

「アウトドア用のトラウザーズには依然として、パーマネント式のターンナップ・カフが用いられる。」

1925年『ミニスターズ・レポート・オブ・ファッション・フォア・ジェントルメン』誌2月号の記事の一節である。ここでは「ターンナップ・カフ」となっている。なお「パーマネント式」とは「本式」の意味である。旧式の、両用のカフではなく、専用のカフとして固定されたものが、「パーマネント」である。また、「フレンチ・カフ」 (ニセカブラ ) に対する表現でもある。

「トラウザーズの折返しは、「パーマネント・ターンナップ」と呼ばれる。」

J・E・リバティー著『実用仕立て技法』 ( 1935年 ) にも、そのように出ている。

「彼はブルー・ギャバジンのスーツを着ていた。実直そうなワン・ボタンの上着に、ややフレアのあるトラウザーズには、ターンナップスが付いていた。」

ベルナード・マラマッド著『フィデルマンの絵』( 1966年 ) の一文である。

「ズボンの折返しのなかで、四粒の米を発見したという、一見とるに足らない事実を想起したことによって解決された。」

エラリー・クイーン著『エジプト十字架の謎』 ( 1932年 ) の一節。
そして着こなしもまた、「一見とるに足らない」ことから、完成するものである。

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