クリスティで、ミステリでといえばもちろん、アガサ・クリスティですよね。
アガサ・クリスティは、考古学にも興味があった。これは、たぶんご主人の影響もあったのでしょう。ご主人は、考古学者の、マックス・マローワン。
アガサ・クリスティは、マローワンと一緒に発掘現場に旅をしています。1930年代にも、ウルの発掘現場を訪れています。さて、その帰り道。バグダットからペルシアを経由して、ロンドンに帰っています。ハマダン、テヘラン、エスファハーン………。
エスファハーンからカスピ海を抜けて帰ろうという計画だったのです。これがまた小説のような冒険旅行になったようですが。
夜、エスファハーンの宿に戻って、夕食。キャヴィアを進められて、キャヴィアをメイン・ディッシュに。
翌朝、食堂に降りて行くと、「キャヴィアがお勧めで……」。ランチに行くと、「キャヴィアがお勧めで……」。さすがに、なにか他の料理を頼む。と、「キャヴィア以外には何もありません……」。
『アガサ・クリスティー自伝』には、そんな風に出ています。
1970年代のはじめ。アガサ・クリスティと一緒に食事をしたのが、アントニー・シェーファー。これはアントニー・シェーファーが『スルース』の中で、アガサの顔写真を使う案の打合せだったそうです。アントニー・シェーファーは、「ピーター・アントニー」の共同執筆者のひとりなんですね。
ピーター・アントニーが、1952年に発表したのが、『ベヴァリー・クラブ』。この中に。
「ヴェリティは認め、ケープをまとって霧のなかへ降り立った。」
ヴェリティは、探偵。この物語のなかに何度かヴェリティのケープの話が出てきます。
ケープは、着るにも脱ぐにも、楽。また、脱いで畳んでおいても邪魔にはなりません。もっとケープが流行って欲しいものです。