チン・ナナチイと中国服

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チン・ナナチイは、沖縄、八重山諸島の言葉なんでそうですね。これは、星の名前。「七つ星」のこと。チン・ナナチイは、「天の七つ」の意味なんだそうです。

「北にすむ七つの星ぞくるあくと めかれず君を猶守るなる」

平安時代の和歌にすでに「七つ星」が詠まれているという。これは、野尻抱影著『日本星名辞典』に出ています。野尻抱影は、星の研究者として第一人者だったお方です。
今も、「冥王星」というのがありますね。冥王星は、英語では、プラトー Pluto 。これはギリシア神話の、「プルトン」に因んで名づけられたものです。1930年のこと。ローエル天文台の、C・W・トンボーが発見して、命名。
このプラトーに対して、「冥王星」の日本名を与えたのが、野尻抱影だったのです。野尻抱影は中学の頃からギリシア神話を読み、それで星の神秘に惹かれたという。野尻抱影の弟君が、大佛次郎。大佛次郎は、筆名。本名は、野尻清彦。大佛次郎の随筆に、『荷風の人嫌い』があります。昭和三十四年『神奈川新聞』五月五日号に発表された文章。『荷風の人嫌い』によると、大佛次郎は後にも先にも一度だけ、永井荷風に会っています。それは野尻清彦がまだ、帝國大学の学生だった時分に。
野尻清彦は大学生の時、アンリ・ド・レニエの小説を、翻訳。その翻訳を、荷風に送って、目を通してもらうことに。と、荷風から手紙があって、「お出で乞う」。で、野尻清彦は、麻布の「偏奇館」へ。

「変なものを着ているなあと思ったが、後になって考えてみると、、桐油を塗った夏の支那服なのであった。」

「支那服」は、今なら中国服でしょうか。「偏奇館」での荷風は中国服を着ることもあったようですね。

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