新村とシャツ・スーツ

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新村という姓がありますよね。たとえば、新村 出。『広辞苑』の編纂者。新村 出 はもちろん、「しんむら ・ いづる」と読みます。新村 出は、明治九年のお生まれ。
当然、正字旧仮名派のおひとりでありました。自らが編纂した辞書が、『廣辭苑』ではなく、『広辞苑』と表記されると知った日、新村 出はひと晩泣き明かしたそうです。
『広辞苑』にも協力した、新村 出の次男が、新村 猛。新村 猛と親交のあったのが、若き日の、今江祥智。1950年代のことです。
1954年頃、今江祥智は中学の先生に。その時の自宅から30分ほどの所に、新村 猛先生のお家があって。よく遊びに行って、聴かせてもらったのが、レコード。そこではじめて耳にしたのが、『枯葉』。言うまでもなく、シャンソン。言うまでもなく、イヴ・モンタン。
これがきっかけで、今江祥智は晩年に至るまで、イヴ・モンタンのファンでもありました。2002年には、今江祥智、フランスの、サン・ポールをも訪ねています。サン・ポールには、イヴ・モンタンの別荘があったので。
イヴ・モンタンは戦後の巴里で、はじめて上着なしでステージに立った歌手でもあります。1940年代末、上着なしでステージに立つのは異例のことだったのです。イヴ・モンタンは、シャツと同じ色のパンタロンで舞台に出て、シャンソンを歌った。これが拍手喝采となって、以降、モンタンのトレードマークになったものです。
シルクのシャツで、パンタロンもお揃いのシルクにして、シャツ・スーツ。シャンソンは歌えませんが、シャツ・スーツは着てみたいものです。『広辞苑』で「シャツ・スーツ」を探してみる愉しみもありますし。

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