上海と白服

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上海は、いい町ですね。古い所、新しい所が一緒になっていて。
大正九年に、上海を旅した人に、芥川龍之介がいます。芥川龍之介は、上海の様子を、『上海游記』の中に、こんなふうに書いているのですが。

「その晩私はジヨオンズ君と一しょに、シェッファアドという料理屋へ飯を食いに行った。」

ここに出てくる「ジヨオンズ君」は、「国際通信社」の記者。日本でも芥川龍之介と親しかったので、上海の港に出迎えてくれたんだそうです。
芥川龍之介は、このジヨオンズ君との会話を愉んでいます。ということは芥川龍之介、英会話にも堪能だったのでしょう。英文を読むのと、英会話を操るのはまた別の話かと思われるのですが。
とにかく芥川龍之介は、ジヨオンズ君は道案内に、食事の後、上海の夜の巷を満喫しています。さて、夜もふけて。芥川龍之介はジヨンズ君との別れ際、こんなことを言う。

「人生は薔薇を撒き散らした路であるさ。」

そう想うところに幸が訪れるのでしょう。
芥川龍之介より前に上海を訪れたのが、寺田寅彦。寺田も芥川も等しく漱石門下であったこと、申すまでもありません。明治四十一年頃のことですから、寺田寅彦のほうが先ということになります。寺田寅彦は、『旅日記から』の中に詳しく上海を描いているのですが。

「朝のうちには緑色をしていた海がだんだん黄みを帯びて来ておしまいには真っ黄色くなってしまった。」

四月一日の『日記』にはそのように書いています。また、『旅日記から』には、こんな描写も出てきます。

「白服ばかりの男女の外国人の客を見渡していると、頭の中がぼうとして来て、真夏の昼寝の夢のような気がした。」

これはたぶん、リネンのスリーピース・スーツなんでしょう。
一度、「夢のような」白服を着てみたいものですが…………………。

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