トリスは、ウイスキーの銘柄ですよね。もちろん「サントリー」のウイスキーであります。今、六十代以上の日本人男性で、若いころに「トリス」を飲んだことがない人は、少数派であるかも知れません。
いや、ことによると、生まれてはじめて口にしたウイスキーは「トリス」である、そんなお方も珍しくはないでしょう。
「トリス」の発売は、昭和二十一年のこと。これは、サントリーの山崎蒸留所が戦火をまぬがれて、原酒が守られてことによるものだとか。
「私は自分でトリスの宣伝文を書きながら、トリスブームにおったまげた。トリスはサントリーがつくったのだが、時代がつくったものといった方がいい。」
開高 健 は『ヰタ・アルコホラリス』の中に、そのように書いています。つまりは信じられないほどの売行きだったのです。
たしかに「時代」もあったでしょう。が、それに加えて「宣伝文」もまた、秀逸でありました。開高 健 、柳原良平、山口 瞳…………。役者が揃ってもいました。その役者に自由に力を発揮させた、佐治敬三も立派でありました。
「トリスを飲んでハワイに行こう」
この歴史に遺る名文句も、そのような背景から生まれたものでしょう。
ウイスキーが出てくる小説に、『本日休診』があります。昭和二十四年に、井伏鱒二が発表した名作。
「紅茶か何かないかと茶箪笥を探したが、ウイスキーの角瓶が見つかつたので、水瓶とコップを添へて、その角瓶を持つて控室に引かえした。」
これは本日休診の「八春先生」の様子。「角瓶」とあります。昭和二十四年。もしかしたら「トリス」だったかも。また、『本日休診』には、こんな描写も出てきます。
「持つてゐたトランクが次第に重くなつて来た。汗が出るので、ツーピースの上着をぬいだ。」
スリーピースがあった、トゥピースがあって。
たまには、トゥピース・スーツで、トリスを飲みに行くと致しましょうか。