TVと手袋

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TVは、便利なものですよね。なにしろ電源を入れますと、勝手に話相手になってくれるんですから。
でも、ほんとうは「テレヴィジョン」 tel ev is i on 。直訳いたしますと、「遠くからの画像」。英語では1907年頃から。これはフランス語の「テレヴィジョン」の英語化なんだとか。そのむかし、大宅壮一は。

「一億総白痴化」

そんなことを言ったらしい。TVの普及について。この予言が当たっていないことを祈るばかりですが。
日本でのTVの歴史は、大正十五年にはじまるとの説があります。この年に。高柳健次郎が、「イ」の字を画像で送ることに成功。

「暗箱のような受像装置をのぞきこむと、イの字がブラウン管の画面にちゃんと崩れることなく映っているではないか。」

高柳健次郎著『テレビ事始』には、そのように出ています。大正十五年十二月二十五日のことであります。
高柳健次郎がそもそも「無電」に興味を抱くようになったのは、明治四十五年。タイタニック号遭難のときに、救助の「無電」が打たれた。この話を聞いてから、「無電」を研究するように。
高柳健次郎は、昭和三年には、人物像の送信に成功しています。

「その裡に、カラア・テレビを一つ如何ですか? なんて天狗が云ひ出すのも間も無いことだらうと思ふ。」

小沼 丹が、1960年に書いた随筆、『テレビについて』の最後の一行は、そんなふうになっています。たぶん1960年頃は、TVがモノクロームからカラーへと変わり始める時代だったのでしょう。
小沼 丹は同じ頃、『手袋』と題する随筆も書いています。そこには「白い手袋」が出てくるのですが。私も、白いキッドの手袋が一双欲しい。

「ゆがけを手袋と云事。流鏑馬の時にかぎりて手袋といふなり。」

古書、『就弓馬儀大概聞書』に、そのように書いてあります。「ゆがけ」は、「弓懸」で。日本でのむかしの手袋が弓を射ることと関係があったものと思われます。
いつかTVで、高級手袋の話をして頂けないものでしょうか。

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