メルシとメリンス

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メルシは、ありがとうのことですよね。merci と書いて、「メルシ」と訓みます。
「ありがとう」は感謝の気持を表す言葉です。ありがとうに近い言葉は、世界のほとんどの国にあるのではないでしょうか。
「ありがとう」は、美しい言葉。必ずしも美しい言葉ばかりない世の中で、珍しく美しい言葉ではありませんか。
ありがとうの言葉が似合う人がほんとうに美しい人。そんなふうにも言いたくなってきます。
漢字で書くと、有難う。「有ることが難しい」の意味です。昔は奇跡のように優しい心に対して、「有難う」と言ったのでしょう。
もっとも、古い時代には、「有難うございます」。これが短くなって「有難う」になったんだそうですね。

「エ多謝う、だが最う些と後にしませう」

明治二十年に、二葉亭四迷が発表した小説『浮雲』に、そんな会話が出てきます。
二葉亭四迷は、「多謝う」と書いて、「ありがとう」のルビをふっているのですが。

えーと、メルシの話でしたね。メルシが出てくる随筆に、大橋鎮子の『すてきなあなたに』があります。平成十九年の発行。

「メルシ。オルヴォワール」
一駅間のミュージシャン。青年はきちんと挨拶をのこして、おりてゆきました。

これはパリのメトロの中での話。
ある時、大橋鎮子がメトロに乗っていると、歌い手が乗って来て。ピアフの『バラ色の人生』を歌った。
その後、メトロを降りる時、「メルシ」と言った。そんな話が書かれているのです。
「ありがとう」。もっと上手に使いたい言葉ですね。

同じ随筆集の中で、大橋鎮子はメリンスのことも書いています。

「近頃は、もう、メリンスのことをご存じの方が少なくなってきて、大人むきのは、あんまり出なくなってしまいました。」

浅草に一軒、今なおメリンスを並べている店があって。そこの女将さんの言葉として。
大橋鎮子はこの店でメリンスを買って、サックドレスを仕立てたことがあるんだそうです。
メリンスは、モスリンのこと。モスリンが訛って、「メリンス」の日本語が生まれているのですね。
モスリン muslin は、柔らかいウール地。中世にはじめて織られた「モスール」Mosul から出た言葉。
十九世紀のクラヴァットはたいていモスリン地だったものです。
どなたかモスリンの上着を仕立てて頂けませんでしょうか。

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