アイロンとアンゴラ

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アイロンは、火熨斗のことですよね。昔の日本人は着物の皺を伸ばすのに、火熨斗を使ったんだそうです。
火熨斗もアイロンも原理は同じ。少しの水と熱い熱とで、生地を元通りに。
火熨斗は少し乱暴に申しますと、柄杓に似ています。ただ、柄杓の水を入れるところに、炭火を入れておくのですが。長い取っ手がありますから、これを手で持って、しかるべきところに、火熨斗を当てたわけですね。
アイロンはほんとうは、「アイアン」。鉄でできているので、「スムーシング・アイアン」。これが短くなって、「アイアン」と呼ぶわけです。
戦前の洋服屋ではたいてい炭火のアイアンを使ったらしい。それも生地に合わせて、重い鉄のアイロンを。
毎朝はやく起きて、炭火の用意をするのは、若い小僧さんの仕事だったという。
この炭火をアイロンの中に入れて熱源としたものです。当時の洋服屋は、水刷毛を使って。当布をして、当布の上から刷毛で水を。この当布は生地に合わせたもの。ウールにはウールの当布。絹には絹の当布。麻には麻の当布。そのほうがいちばん敏感に温度変化を感じてくれたから。

「見苦しい畳み皺が幾筋もお延の眼に入つた。アイロンの注意でもして遣るべき所を、彼女は又逆に行つた。「丁度好いやうですね。」

夏目漱石が、大正五年に発表した小説『明暗』に、そのような場面が出てきます。夏目漱石はここでは、「行つた」と書いてあるのですが。「小林」が着ている外套の背中の皺について。
外套であろうと上着であろうと、背中に不自然な皺があるのは、避けたいものです。ちょっとアイロンをかければすぐに直るものですから。
また、『明暗』を読んでおりますと、こんな文章も出てきます。

「叔母は上がれとも云はないで、膝の上に裁れた紅絹の片へ軽い熨斗を当てゝゐた。」

紅絹は、もちろん「もみ」と訓むのですが。
漱石は「熨斗」と書いて「ひのし」のルビを添えています。
おそらく明治末期の様子なのでしょう。漱石は火熨斗もあれば、アイロンもある時代に生まれ合わせたということかも知れませんね。
アイロンが出てくる小説に、『レストラン「ドイツ亭」』があります。2018年に、ドイツの作家、アネッテ・ヘニが発表した物語。

「ヤン・クラールは眼鏡をはずし、格子柄のハンカチをズボンのポケットから出した。アイロンをかけたばかりのように、きっちり折目がついている。」

また、『レストラン「ドイツ亭」』には、こんな文章も出てきます。

「そうしたら彼がくれた手紙も、ホワイトゴールドのブレスレットも、鹿革の手袋も、アンゴラの下着も、」

これは主人公、「エーファ」の想いとして。
「アンゴラ」angora には大きく分けて、ふたつの意味があります。「アンゴラ・ウール」と、「アンゴラ・ヤーン」との。
アンゴラ・ウールは、アンゴラ山羊の毛から得た繊維のこと。一方、アンゴラ・ヤーンは、アンゴラ兎の毛から得た繊維のことです。
アンゴラ・ウールはいわゆる「モヘア」などに仕上げられることが多い繊維。
また、アンゴラ・ヤーンは、帽子の材料にも用いられるものです。
もし、女性の冬の下着なら、アンゴラ・ウールの可能性があるでしょう。
どなたかアンゴラ・ウールで皺になりにくい外套を仕立てて頂けませんでしょうか。

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