ひと条の光
ベルトはバンドのことである。バンドは革帯のこと。もっとも時と場合によっては、布地や金属製ということもある。
たいていのトラウザーズにはベルト・ループが付いていて、ここに通して使うのが一般的である。つまりここでのベルトとは、「ウエイスト・ベルト」のことである。
「ウエストから腰部にわたって締める平たいひも状、または帯状の留め具の1つ。バンドと同義語であるが、バンドが締めたり巻きつけたりするもの全般を指すのに対し、ベルトは通常胴部に限定する。」
石山彰 編『服飾辞典』 ( 昭和四十七年刊 ) では、そのように説明されている。
「ベルト」 belt はラテン語の「バルテウス」 baruteus から来ているという。バルテウスは「帯」の意味。ベルトの歴史も古いのであろう。
古代エジプトには「ケフティ」 kefti と呼ばれる一種のベルトがあったらしい。ケフティは乾かした草などを編んだ、美しい装飾的な帯であった。古代ギリシアにもケフティに似たベルトがあったと考えられている。
古代衣裳は男女の別なくキトン chiton やペプロス peplo などの、ワンピース形式が主であった。これらの古代衣裳を巧みに着こなすには、なんらかのベルトが必要であったに違いない。
そしてまた、ポケットの不在とも関係があった。服にポケットはまだなく、なんらかの小袋をポケット代りとしてた。この小袋を吊しておくにもベルトは必要だったのである。
ワンピース形式の古代衣裳に帯を巻く。と、そこにひと条の境界線が生まれる。この境界線はおそらく後の時代のトゥピース形式へのヒントにもなったであろう。
十三世紀のベルトは男女ともに装飾性が高められる。それは服装の中心にあって、よく目立つアクセサリーだったからだ。金糸銀糸の縫いとりがあり、あるいは金銀、宝石で飾られたものである。
中世のヨーロッパでは男女の別なく、「オーモニエール」 aumouniere を使った。オーモニエールは巾着袋であり、合財袋であった。たいていは布製の袋で、上に紐を通して、縛っておく。そしてその紐をベルトから下げたのである。オーモニエールには小銭や鍵や貴重品を入れた。このオーモニエールこそ、今のポケットや鞄の元祖なのである。それはともかくベルトがないことには、オーモニエールが使えなかったのだ。
ルネッサンス期の画家、ルーカス・クラナハ ( 1472~1553年) が描いた『多情な老人』がある。ここには老人とともに、美しい娘が描かれていて、長いベルトをゆったりと締めている。つまりここでのベルトは明らかに装飾を主目的としたものである。
ベルトはその長い歴史のなかで、いくつかの慣用句をも生んでいる。たとえば、「ベルト・アンド・ブレイシーズ」。もちろんベルトに加えてズボン吊りをもすること。これは実際には、「二重の安全対策」の意味になるという。
また、「ヒット・ビロウ・ザ・ベルト」。「ベルトの下を打つ」。これは「卑怯なやり方」のこと。ボクシングではベルトの下を打ってはならないことになっているからだ。
「アンダー・ユア・ベルト」。これは「腹に収めて」の意味になるらしい。言いたいことをそのままに言うのではなくて、時には腹に収めることも大切だろう。
慣用句にも様ざまあるように、ベルトの種類にも数かずある。一例を挙げるなら、「ポロ・ベルト」。これはポロ競技の選手が使うごく幅の広いベルトのこと。女性ファッションでいうところの、「シンチ・ベルト」にも似ているものだ。
「ウエッブ・ベルト」webb belt は、編んだベルトのこと。革で編んだり、ゴム紐で編んだりもする。
風変わりなところでは、「サム・ブラウン・ベルト」 sam brown belt 。これはベルトに加えて、肩から斜めの帯のあるスタイル。サミュエル・ブラウンという人物が考えたので、その名前がある。このサム・ブラウン・ベルトなら、多少重いものを下げても安定が良いわけだ。
「かくしてそういうベルトレスのズボンをやむをえずに何本か私も持っているわけであるが、腰のまわりがさびしくてならない。ベルトを締めるありがたさが身にしみる。」
草森紳一著『衣裳を垂れて、天下治る』 ( 昭和四十年刊 )の一節。「地球のひも」と題して、そのように書いている。ベルトがないと、寂しいものである。
「地球のひも」。たしかにベルトもまた紐である。しかしこれほど着こなしを一変させる紐も他にはない。