樽は、カスクのことですよね。c ask と書いて、「カスク」と訓みます。
樽は多く、樫の木で作られるんだそうですね。薫の木は、丈夫なので。一度、樫で樽を作りますと、繰り返して何度も使うことができます。
「樽型」の言葉があるように、胴がふくらんだ独特の形をしていますよね。あれはどんなに中身が重くてもひとりで運べるための工夫なのです。
まさに「胴」のあたりで転がすと、楽々と直進。角を曲がりたい時には、やや細くなった上のあたりに重心をかけると、簡単に方向転換もできますし。
ミステリのほうでも名作、『樽』があります。F・W・クロフツが、1920年に発表した物語。原題もまた、『ザ・カスク』になっています。『樽』は名作であると同時に、クロフツの第一作でもあるのですね。
これがどうして『樽』なのか。物語の発端で。フランスからイギリスにワインが樽で送られてくるところから幕が開くから。
少なくとも1910年代には。フランスからイギリスへのワインは樽詰で、船で輸送されていたことが窺えるでしょう。
ワインには「新樽」と「古樽」とがあります。古樽が良いと考えるワイン生産者もいれば、
新樽が良いと考える生産者もいるわけです。いずれにしても、ワインの新酒は、樽の中で眠っている間に熟成するのは、常識となっています。
樽の中で酒が熟成するのはワインだけではありません。ウイスキイもまた、然りです。
ウイスキイの場合には一般にシェリーの古樽が良いと、考えられているようですが。
ウイスキイの樽熟は、十八世紀のはじめにはじまったと、伝えられています。
スコットランドでの密造酒の時代に。「密造酒」にはよくない印象もあるでしょう。が、これはいたし方のないことでもあったのです。
昔のスコットランドではどの家でもウイスキイを造っていたらしい。自家用として。ところがイングランドがスコットランドを平定すると、「地酒」に税金をかけることに。地酒に税金をかけられてはたまらんと、隠れて造るように。
たとえば、教会の祭壇の下に隠して置いたり。この隠しておくために樽が役に立った。で、しばらくして樽を開けてみると、格段に旨くなっていた。ここからウイスキイの樽熟がはじまったんだそうですね。
ウイスキイが出てくる小説に、『トリルビー』があります。フランスの作家、シャルル・
ノデイエが、1822年に発表した物語。
「………………ウイスキーも、うちのほうの漁師や舟乗りの飲むのと違って、あんたのお年にずっとお薬になるようなものがあるんだもの。」
これは「ジャニー」という娘が、旅の老人に対しての科白として。時代背景はたぶん十八世紀かと思われます。
ここでの「ウイスキー」もまた、「自家製」であったことを想像させるものでしょう。
シャルル・ノデイエが『トリルビー』を書いたのは、1810年代かと思われます。
1810年代のフランスに、ウイスキイを飲む習慣はありませんでした。イングランドにさえウイスキイの風習はなかったのですから。
でも、ノデイエは、スコットランドにはウイスキイがあることを識っていた。
おそらく、それはスコットランドの昔話を通してであったに違いありません。ノデイエの
『トリルビー』も、スコットランドの民話が下敷きになっているのですから。
「トリルビー」は、昔からスコットランドに伝わる妖精の名前なのですね。事実、
『トリルビー』には、ふたつの副題が添えられています。
『アーガイルの小妖精』と、『スコットランド物語』との。このノデイエの『トリルビー』を読んでいますと。
「………………火の色の小さなタータンチェックの腰布に煙の色の肩かけをはおっては……………。」
そんな文章が出てきます。もちろん妖精である「トリルビー」が着ている服装なのです。
1820年頃のフランスで、「タータン」がどのくらい知られていたのでしょうか。少なくともノデイエの『トリルビー』は、「タータン」のフランスでのわりあい早い例ではないでしょうか。
「……………格子柄の衣裳のきらびやかな色どり……………。」
そんな一節も出てきます。これまた、「タータン」のことでしょう。フランス人のノデイエは、スコットランドの民話に興味があって。その民話からのつながりで、「タータン」に出会ったものと思われます。
どなたか1820年頃のタータンを再現して頂けませんでしょうか。