グラヴ(glove)

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貴手衣裳

グラヴは手袋のことである。手袋は大きくふたつに分けることができるだろう。グラヴとミトンとの。ファイヴ・フィンガーとトゥ・フィンガーの違いとでも言えば良いだろうか。グラヴとミトンを較べるなら、まずミトン形式があり、その後にグラヴ形式が登場したものであろう。グラヴに似たものに、「グローブ」がある。グローブは主にスポーツ用の小道具としての「手袋」を指す。野球の「グローブ」、ボクシングの「グローブ」はその一例であろう。また「ミット」もミトンと関係があるものと思われる。
「ア・キッド・グラヴ・アフェイア」 a kid glove affair という慣用句があるらしい。これは「盛装すべき行事」の意味になるという。白のキッド・グラヴは昔から正装にふさわしいアクセサリーだったからだ。
あるいは「ハンドル・ウイズ・キッド・グラヴ」は、「優しく扱う」の意味になる。今、貴金属品店では、白手袋を嵌めて、直接商品に触ることはない。あれもまた、「ハンドル・ウイズ・キッド・グラヴ」の具体的な例であろう。
フランスでの手袋は、「ガン」 gant という。これはフランク語の「ワン」 want から来たものであるらしい。フランス語の「ガン」は、1080年頃から使われているとのこと。このガンから生まれたのが、「ガントレ」 gantelet 。ふつう「籠手」と訳されることが多いものである。英語の「ガントレット」gauntlet に相当するものだ。
手袋の歴史は古い。古代エジプト、トゥタンカーメンの墓からも、リネン製の、五本指の手袋が発見されている。少なくとも紀元前十四世紀に、グラヴらしきものがあったわけだ。エジプトは比較的温暖な土地で、この手袋は神儀、または装飾用ではなかっただろうか。

「両手には長い手袋をはめていた。野いばら ( の棘をよける ) ためである……」

ホメーロス著呉 茂一訳『オデュッセイア』の一文にも、手袋が出てくる。ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』は、紀元前750年頃の作であろうと考えられている。これは主人公のオデュッセイアが久しぶりに家に帰り、父に会う場面。父のドリオスは畑仕事をしている。それで手袋を嵌めているのだ。
これとは別に、古代ギリシアではオリーヴの実を摘むのに手袋を使うことがあったらしい。というのは、「手袋を嵌めた手と、素手で摘み取ったオリーヴと、どちらが美味いか」そんな論争があったと伝えられているからだ。これはどうも素手でのオリーヴが美味い、との意見が多かったらしい。

「古代ペルシア以来、労働時の手の保護、武器の籠手として皮または布製が用いられていたが、11世紀ごろ教会関係者の付属品として用いられるようになってのが、礼装用手袋の起源と考えられる。」

丹野 郁編『総合服飾事典』には、そのように説明されている。
今、NY 「メトロポリタン美術館」に所蔵されているキッド・グラヴは、1600年頃のものと考えられている。もちろん、ファイヴ・フィンガーの手袋であり、今日の手袋に較べて、カフが深い。掌と同じくらいの幅があり、豪奢に刺繍が施されている。このキッド・グラヴは一例で、十七世紀の手袋はカフが長く、絢爛たる装飾があしらわれたようである。
グラヴの構造は大きく分けて、「パーム」palm と、「バック」back とになる。パームは掌側、バックは甲側である。
もう少し細かく眺めるなら、フィンガー部分の脇に襠があり、この襠を「フォーシェット」 fourchette と呼ぶ。また親指の付け根部分の襠を、「クアーク」 quirk という。このフォーシェットとクアークのカッティングによってグラヴのフィット具合が異なってくるのは、言うまでもない。

「洒落者、アルフレッド・ドルセイ伯爵は一日に六種類の手袋を使い分けることで有名だった。朝の乗馬にはトナカイの手袋。狩猟用にはセーム革の手袋。ビーヴァの手袋を嵌めてロンドンじ引き返す……」

ポール・キアーズ著『ア・ジェントルマンズ・ワードローブ』にはそのように出ている。一日の六種類のグラヴはさておき、紳士はもう少しグラヴに関心を持つべきである。

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