ファー(fur)

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富裕衣

ファーは毛皮のことである。フランスでは、「フーレ」 fourrure となる。
ファーは人がはじめて身に纏った衣服であろう。それは編物よりも織物よりも、古い。
人類の歴史はう今からざっと百数十万年前であろうと考えられている。その後に訪れるのが、氷河期である。氷河期の人類は毛皮を身に着けたに違いない。動物を射ることによって食肉を得、同時に衣服を得たのである。
いずれにしても世界最古の衣服が毛皮であったことは、疑いない。
「シンデレラ」はよく知られた童話であろう。「シンデレラ」ではガラスの靴がひとつの鍵ろして描かれる。ただし「シンデレラ」の原話ははるか古代に遡るという。そして一説にそれは「毛皮の上靴」であったのだ、と。原文の、「パントフール・アン・ヴェール」 pantfoule an vair が曲解された結果、「ガラスの靴」になったとも。
それはともかく古代すでに「毛皮の上靴」があったことを想わせる話であろう。

「服飾史上での毛皮の出現は極めて早い。人類の起源における最初被覆物であり、衣服の始めでもあった。」

石山 彰編『服飾辞典』には、そのように説明されている。皮は舐めすことによって革となる。同じように原毛もまた舐めすことによって、毛皮となる。革に舐めすことを、「タンニング」 tanning 。毛皮に舐めすことを、「ドレッシング」 dressing という。原毛はドレッシングによってはじめて「ドレス」 ( 衣服 ) となるわけだ。
ファーは一般に赤道から遠い動物の毛が良しとされる。換言するなら寒い国の毛皮ほど上質なのだ。それは数千メートルの標高に棲むヴィキューナの毛が最良質とされるのに似ている。「毛皮」が暖かくなくてはその動物は生きていけないからである。寒い地方ほど上質の毛皮になるのはそのためである。
と同時に毛皮においては、「プライム」 prime が大切とされる。プライムは最適の刈り取りの時期のこと。それは、厳寒時。もっとも寒い時期に刈り取った毛皮が良しとされるのだ。それは寒さに耐えるための羽毛が備わっているからである。

「肩帯の流儀で胸元を横切って掛けられた豹の皮帯や透かし彫りをした台形の首飾りによって、聖職者の階級制度のうちでの高位者たちが見分けられるのである。」

ミシェル・ボーリュウ著中村祐三訳『服飾の歴史』には、そのように出ている。これは古代エジプトの服装について。ごく簡単にいって、古代エジプトの高僧は、地位の象徴としての毛皮を身に纏ったのだ。
豹の毛皮は、頭も尾もあり、丸々一頭の豹であり、ただ舐めしただけで、裁断も縫製もされていない毛皮であった。それをあたかも袈裟でもあるかのように、肩から掛けたのである。エジプトは毛皮を必要とするほどには寒くない。つまり豹の毛皮は身分をあらわす衣裳だったのだ。
これは一例であって、古代の王、権力者は気候の寒暖とは無関係に、毛皮を愛用した。もちろん地位のシンボルとして。そのために一般市民が毛皮を着ることは禁じられたのである。

「衣服では本物ではあるが大した価格ではない軍人外套と皮衣とが輸入される。」

村川堅太郎訳『エリュトゥーラー海案内記』の一節である。『エリュトゥーラー海案内記』は、紀元前60年頃の刊行とされる。当時、エジプトに住んでいたギリシア商人によって書かれたものであろうと考えられている。文中の「皮衣」は、おそらく今の毛皮であろう。少なくともこの時代すでに、毛皮の交易が行われていたに相違ない。
ファーとコインは似ている。古代、コインの代りに貝殻が使われたのは周知の事実である。この貝殻は遠く離れた島の珍しい貝殻が用いられたという。ファーも同じことで、はるか遠くの稀少な動物が珍重される。
その昔、ビーヴァーが絶滅の危機に瀕したように、歴史はじまって以来、人は珍しい獣を追い続けた。ロシアがシベリアに赴いたのも、毛皮入手のためである。ロシアもシベリアも寒い。毛皮は必需品であり、高価な代物でもあったからだ。

「フーレ ( 毛皮 ) は、富裕のしるし。」

フローベールは、『紋切型辞典』の中でそのように定義している。富裕のしるしをモードのしるしにしたのが、ジャック・ドゥーセである。
ジャック・ドゥーセはパリに生まれたオートクチュール・デザイナー。パリにメゾンを開いたのが、1875年。この時、毛皮裏のケープを発表して話題になったのだ。権威の象徴をエレガンスの象徴にしたからである。

「それらの番人は夜になると大へん寒いので、巨大な羊皮などを着込んで、てんでに自分の火をたいて……」

長谷川四郎著『シベリヤ物語』の一文である。これは1940年頃のシベリヤでのこと。長谷川四郎は、長谷川海太郎 ( 林 不忘、谷 譲次、牧 逸馬 )の実弟である。
羊の毛皮といえば、1920年代、初期のパイロットが愛用したものでもある。

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