パリとパンタロン

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

パリは、フランスの都ですよね。ロンドンがイギリスの都であるように。ウィーンがオーストリアの都であるように。
パリはその昔、「ルテシア」と呼ばれた時代があるんだそうですね。これは今の東京が「江戸」であったのに似ているのかも知れませんが。「江戸八百八町」、「花の都巴里」。
パリはまた、小説の舞台としてもよく使われます。人は皆パリに行き、パリに恋する。そんなひとりに、エリオット・ポールがいます。
エリオット・ポールは、1892年の生まれ。アメリカ、マサチューセッツ州、モノルデンで。
エリオット・ポールは1923年に。偶然、パリ訪問。そして、パリのユシット通りに恋をしてしまう。エリオット・ポールは当時のように、ユシット通りの住人に。それからざっと十八年もの間。その経験をもとに書いたのが、『最後に見たパリ』。
エリオット・ポール著『最後に見たパリ』は、1942年の発表。でも、時代背景としては1920年代の、ユシット通りが大半になっています。
この中に、エリオット・ポールがスーツを仕立ててもらう場面が。もちろんユシット通り21番地にあった「サンリトノレール」の店で。サンリトノレールは、助手とふたりでやっている小さなテイラー。
サンリトノレールは最初、ポールの服を仕立てるのを、断ろうとした。アメリカの服と、フランスの服があまりに違いすぎるので。そこをなんとか頼み込むポール。で、結局はお願いできることに。
生地はリヨン産のカシミア。値段は、450フラン。採寸には、1時間かかった。さて、それが仕上がって。

「肩はうすいパッドが入り、時計用のポケットはなくて、ベルト通しの代りにサスペンダーのためのやたら頑丈なボタンが並んでいた。」

1924年頃。パリのパンタロン ( ズボン ) は、ブレテル (サスペンダー ) がふつうだったようですね。
いつか、サスペンダーつきのパンタロンで。パリ再訪したいものですね。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone