クマとクサリ

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クマは、熊のことですよね。クマはまた、ベアでもあります。
1960年代に、『ランニング・ベア』という歌がヒットしたことあります。たしか、ジョニー・プレストンが歌っていた記憶があります。これは「ランニング・ベア」と、「ホワイト・ダヴ」の悲恋物語でしたね。ネイティヴ・アメリカンの敵同士の青年と娘とが恋をするお話。
中国で熊といえば、「熊掌」があります。熊の掌と書いて、「ゆうしょう」と読みます。熊の掌をゆっくり、長時間かけて煮込むのは、珍味、高級料理なんだそうです。
食通は、左手よりも右手を珍重する。熊は冬眠中に、自分で右手を舐める。で、右手のほうが柔らかく、滋養に富んでいるのだ、と。あるいはまた、蜂蜜を右手で舐めるからとも。というは熊には左利きがいないという前提なんでしょうか。
熊掌は、かの孟子もお好きだったそうですから、古い時代から好まれていた美食なんでしょうね。
クマという名前の犬について。

「家にゐる熊は熊でない熊だ。熊とは犬の名前である。熊と名前をもらふだけあつて長い毛がもじゃもじゃしてゐる。」

志賀直哉著『クマ』にそのように出ています。志賀直哉がというよりも、志賀直哉の家族が犬好きで。何頭もの犬を飼い継いだようです。そのなかの一頭に、「クマ」がいた。その「クマ」と志賀直哉との愛情物語。ちょっと泣けてきます。
志賀直哉が愛したもののひとつに、ベンソンがあります。「ベンソン」は昔あった英国製の懐中時計。志賀直哉がベンソンの懐中時計を好きだと知っていたのが、小津安二郎。

「小津安二郎からベンソンのいいクサリが届いてゐた。」

昭和二十六年十月二十四日の『日記』に、そのように書いています。つまり小津安二郎は、志賀直哉にポケット・ウォッチのチェーンを贈ったものと思われます。
そのベンソンのチェーンを一時失くして、志賀直哉は「不機嫌」になっています。結局は椅子の後ろから出てくるのですが。よほど愛情があったのでしょう。
チョッキを着て、懐中時計を使うのも、粋なものです。その時にぜひ必要なのが、チェーン。時計鎖。時にはクサリに凝ってみたいものですが。

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