トマトとトレンチ・コート

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トマトは、美味しいものですね。煮ても焼いても、食べることができます。もちろん、生でも。イタリア料理、パスタなどにも欠かせないものです。
トマトは生まれながらにして、回文になっています。上から訓んでも「トマト」、下から訓んでも「トマト」。

隅のの間の御簾

「すみのまのみす」
これは平安時代の回文なんだそうです。少なくとも平安時代には回文があったものと思われます。
「竹屋が焼けた」。これも子どものころから、口ずさんでいたような記憶があります。

「親切な叔父貴が生地を捺染し」

「しんせつなおじきがきじをなっせんし」
これだってちゃんと回文になっていますよね。

「生地裁てばミスか目霞みばてた時期」

もちろん、回文になっています。
えーと、トマトの話でしたね。トマトを詩に詠んだ詩人に、北原白秋がいます。

いざやわれ、倶楽部にゆき、友をたづね、
紅のトマト切り、ウヰスキイの酒や呼ばむ、
ほこりあるわかき日のために。

明治四十四年に、北原白秋が発表した『思ひ出』の一節に、そのように出ています。北原白秋は、明治末期、トマトに添えて「ウヰスキイ」を傾けたのでしょうか。
トマトがお好きだった作家に、丹羽文雄がいます。ハム・ステーキを食べる時、同じくトマトを炒めて添えるのを好んだという。
丹羽文雄は、明治三十七年の生まれ。平成十七年に、百歳で世を去っています。これもトマトのおかげなんでしょうか。
丹羽文雄が、1955年年に発表した短篇に、『彷徨』が。この中に。

「妻に無断で、舶来の生地で、背広と、合オーバーと、トレンチ・コートをつくった。装身具もそれにふさわしいものを揃えた。」

これは物語の主人公、久村という男の様子。
「舶来の生地で、トレンチ・コート」。いいなあ。
昔、銀座の並木通りに、「チロル」という小体な店があって、舶来登山用品の店。この「チロル」では無双のトレンチ・コートを仕立ててくれたものです。
今、無双のトレンチ・コートで銀座を歩くと。恥ずかしく、顔が赤くなるでしょう。トマトのように。

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