ネルとヘル

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ネルは、綿ネルのことですよね。コットン・フランネルだとか、フラネレットと呼ばれることもあります。
ネルが欠かせない場面は、ネル・ドリップであります。ドリップ式の珈琲。綿ネルを使って、珈琲を淹れるわけです。
これはどうしても、綿ネルがよろしいということになっております。たぶん織目が詰んでいるので、上から湯を注いだ時、落ちる速度がゆっくりになるからでしょうね。
そんなわけで、ネル・ドリップ式の珈琲を愛する人は少なくありません。おそらく本格珈琲が続く限り、綿ネルの需要は絶えないでありましょう。
ネルがもともと、「フランネル」fl ann el から出ているのは、いうまでもありません。
フランネルを半分にいたしまして、「フラノ」。その後半分が、「ネル」になったわけです。そしてフラノが、ウール・フランネル、ネルがコットン・フランネルを意味するようになったのであります。
余談ですが、英語の「フランネル」は、1300年頃から用いられているとのことです。
では、日本語の「フラノ」と「ネル」はどっちが先なのか。断然「ネル」が早い。
「ネル」は明治語、「フラノ」は昭和語と言ってもいいくらいなのです。
たとえば。

「お弓は桃色のねるの單衣に、黑繻子と繻珍の腹合の帶を締め……………………。」

明治二十九年に、廣津柳浪が書いた『河内屋』の一節にも、そのように出ています。
廣津柳浪は、「ねる」と書いていますが、たぶんネルのことでしょう。

「………お浪はネルの寝衣に重ねた袷羽織を脱ぎ捨てるばかりか……………………。」

永井荷風が、明治三十六年に発表した『夢の女』にも、そのような一節があります。つまり明治期の「ネル」は、単衣にもなり、寝衣にもなったことが窺えるでしょう。

「阿納戸刷毛目のネルの單衣に、唐繻子の帶懸長く引き緊めたる年増は……………………。」

明治三十二年に、小栗風葉が発表した『鬘下地』にも、「ネル」が出てきます。
また、『鬘下地』には、こんな描写も。

「………濃鼠玉ヘル三揃ひ脊廣の上に、純スコッチの翻り袖のオーバーコートを引つ張りて……………………。」

ここでの「玉ヘル」は、生地の名前。
表面が「玉」になっていないものは、「ヘル」。ウール地。縦に梳毛いと、横に紡毛糸を配しての粗く、厚い織り方。
ドイツ語の「モヘル」m ohäl から来た言葉。あるいは当時の日本人は、「毛ヘル」のことと思ってにでしょうか。毛、ウールであるのは間違いないので、毛を略して「ヘル」となったのかも知れませんが。
どなたか明治期の「ヘル」で、スリーピース・スーツを仕立てて頂けませんでしょうか。

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