ウジェーヌとウインドウ・キャッチャー

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ウジェーヌは、人の名前ですよね。たとえば、ウジェーヌ・ドラクロアだとか。
ウジェーヌ・ブーダンだとか。
ウジェーヌはなにも画家専用の名前ではなくて、戯曲家にもウジェーヌはいます。一例を挙げますと、ウジェーヌ・イヨネスコ。
ウジェーヌ・イヨネスコは、1909年11月26日に、ルーマニアに生まれています。でも、戯曲家としての主な活躍の場は、巴里でありました。
ウジェーヌ・イヨネスコは、ルーマニアかフランスかという以前、「不条理劇」の作家という肩書がついてまわる作家でありましょう。不条理とは、条理を超えた物語ということなんでしょう。
ウジェーヌ・イヨネスコは本業の戯曲以外にも、短篇小説をも書いています。
たとえば、『大佐の写真』。これは1955年発表の、短篇なのです。

「彼は腰を上げ、黒いちぢみの飾りがついたフェルト帽子をかぶり、ねずみ色のコートを着……………………。」

という文章が出てきます。少なくともこのあたりは真っ当で、「不条理」ではありません。
「黒いちぢみの飾り」とは、クレープのハット・バンドかと思われます。けっして珍しいことでもないでしょう。
不条理劇ということなら、ウジェーヌ・イヨネスコと並び称されるのが、ベケット。
サミュエル・ベケットであります。
サミュエル・ベケットは、1906年4月13日。アイルランドのダブリンに生まれています。が、イヨネスコと同じく、巴里を舞台に活躍した劇作家であったのですね。
サミュエル・ベケットの不条理劇『ゴトーを待ちながら』は広く識られているところ。とにかく劇と言いながら、筋らしい筋がないのですから。これはもう「不条理劇」と表現するしかないでしょう。
サミュエル・ベケットもまた、戯曲以外に、小説にも筆を染めています。ひとつの例ではありますが。1951年3月に発表した『モロイ』。これは戯曲ではなくて、小説なのです。この中に。

「これで足りないものはなくなったわけだ、帽子をボタン穴に結びつける細紐だけは別だが、これを相手にわからせるのは絶望的だったから、したがってひとことも口に出さなかった。」

これはおそらく、「ウインドウ・キャッチャー」のことかと思われます。
やや上等なソフト・ハットを買ったとしましょう。で、ハット・バンドのあたりをよく見ると、細い紐と小さなボタンが付いているのに気づくでしょう。
あれが、「ウインドウ・キャッチャー」なのであります。
もし、風は強い日なら、細紐をほどいて、小さなボタンを上着の襟のボタン・ホールに留めておく。
こうしておきますと、万一帽子が飛ばされてしまったとしても、遠くまで拾いにいかなくてもすむわけですね。
風で飛ばされた帽子を捕らえる工夫なので、「ウインドウ・キャッチャー」。ちゃんと条理に叶っているのであります。
どなたかウインドウ・キャッチャーが映えるような極上のソフト帽を作って頂けませんでしょうか。

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