ウェルズとウイング・ポーク

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ウェルズは、人の名前にもありますよね。W ells と書いて、「ウェルズ」と訓むわけです。
映画俳優で、ウェルズといえば、オーソン・ウェルズでしょうか。
オーソン・ウェルズ主演の映画に、『第三の男』があります。1949年の映画。この中に、「鳩時計」が出てきます。
オーソン・ウェルズ扮するハリー・ライムの有名な長科白があって。

「………スイスの同胞愛、そして五百年の平和、民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だ。」

この科白は台本にはなくて、オーソン・ウェルズの即興だったと伝えられています。
この科白の前に。

「ボルジア家支配のイタリアの三十年間は、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局は
ミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネッサンスを生んだのだ。」

つまりオーソン・ウェルズとしては「鳩時計」を強調したかったのではなくて、「血と美」が実は背中合わせになってことを伝えたかったのでしょうね。
1938年10月30日、午後8時。アメリカの「CBS放送」は、現代版の『宇宙戦争』を放送。この中で、「ピアソン教授」を演じたのが、二十二歳の、オーソン・ウェルズだったのです。その「ピアソン教授」の生々しい語り口調に、視聴者は拍手喝采したと伝えられています。
オーソン・ウェルズは、この『宇宙戦争』で有名になった。そう言っても、間違いではないでしょう。
『宇宙戦争』の原作者が、英國の、H・G・ウェルズだったのですが。
ハーバート・ジョージ・ウェルズは、1866年9月21日。ケント州に生まれています。
H・G・ウェルズは、1944年の春、「ハノーヴァー・ハウス」に住んでいて。
1835年に、ナッシュが設計した瀟洒なタウンハウスに。それはリージェンツ・パークの西の外れにあって。家番号が、「13」。
1944年は戦争末期で、毎日のように空襲が。でも、ウェルズは人に勧められても、疎開をしなかったという。
また、別の友達は言った。「第一、13はあまりにも縁起が悪いではないか」と。ウェルズはその言葉を聞くと。白いペンキを持ち出して、薄れかかった「13」の文字をはっきりと塗り直してという。

H・G・ウェルズが、1910年に発表した小説に、『ポリー氏の人生』があります。

2014年に、英国の『ガーディアン』紙は、「古今の名作小説100」の特集を組んでいるのですが。ウェルズの『ポリー氏の人生』も、この中に挙げられています。この中に。

「カラーは店の在庫品から選んだもので、折り返しが突き出ていて、それは当時、「ウイング・ポーク」と呼ばれた。」

そのような一文が出てきます。もちろん、「ポリー氏」が付けているカラーのこと。
ここでの「ウイング・ポーク」は、ウイング・カラーの一種。単に「ポーク・カラー」とも呼ばれたものです。
折り返した襟先が丸みを帯びているスタイル。言うまでもなく、ハード・カラーで、ハイ・カラーで。襟先が尖っていると、頸に刺さって痛いから、丸くしたのです。
どなたかもう一度ハード・カラー、ハイ・カラーの襟を作って頂けませんでしょうか。

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