朝日新聞とあたりまえの服

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朝日新聞は、朝日新聞社で出している新聞のことですよね。
「毎朝読む日経」。
これで日本を代表する新聞の四紙ということのなるでしょうか。
「あさしひんぶん」。これでは江戸っ子の言い方になってしまいますが。
その「朝日新聞」に、むかし島田 巽 というお方がいらしたんだそうですね。島田 巽 と書いて「しまだ たつみ」と訓んだらしい。このお方はどうも筆の立つ人であったらしく、記者の一方で、多くの著書も出しています。
島田 巽は、明治三十八年のお生まれ。昭和二年に、慶應大学を卒業して、朝日新聞社に入っています。
その島田 巽は、昭和三十三年に、インドを訪問しています。インド訪問の紀行文を、『手で食べる話』という随筆に書いています。
島田 巽は、インドのカルカッタで、インドのお役人に尋ねられる。「日本は箸でものを食べるんだそうですね?」と。ここから箸か手かの、会話がはじまる。インド人は、このように言い張る。

「やっぱり食べ物は手指でじかに食べるのが一番いいのだ。」

それというのも、美食には「触覚」が欠かせないので、手で触ってみないことには、すべての感覚が享受できない、と主張したとのこと。
そういえば、戦前までの日本人は手で鮨を食べた。右手の指三本を使って、鮮やかに、食べた。
鮨が台に前に来たなら、すぐに頂く。一度右に倒してから、摘む。酢飯とネタとが平行に並ぶように。なぜなら、この形で摘むと、ネタだけに、ほんの少量だけ、醤油をつけることができるから。
むかしの日本人は少なくとも鮨については、「触覚」をも味わっていたのでしょうね。
この島田 巽の随筆、『手でたべる話』は、昭和三十三年『暮しの手帖』四十四号に出ています。
同じ号に、花森安治が、『あたりまえの服』という記事を書いています。文章に加えて、「あたりまえの服」の写真と、型紙とが添えられて。
ただし、花森安治の文字はどこにも見当たりません。無署名の記事になっているのです。が、誰が読んでも花森安治以外にはあり得ない文章になっています。

「あたりまえの服 ー というのは、ちょっとへんな言い方ですが、でも、あたりまえでない服が多すぎるとお考えになりませんか。
なんとかラインだの、なんとかスタイルだの、へんなボタンが並んでいたり、奇妙なポケットやベルトがついていたり ー だから、ついそんな服に目うつりしてしまいそうですが、さて、作って着るとなると、たぶん、その服だけが歩いていることになりそうです。
まいにちの暮しのなかで、あなたが美しくみえるのは、あたりまえの服を着たときでしょう。一番洗練された服、それが言いかえると。あたりまえの服なのですから。」

花森安治のこの言葉を自分にあてはめてみて、耳が痛くなります。顔が赤くなります。もう六十年以上前の話ですが、まったくその通りであります。
まず最初に正しい服があって。それからあとに自分なりの好みの服というなら、まだわからないでもありません。しかし「あたりまえの服」を知らなくて、「変化球の服」だけでは意味がありません。
今の朝日新聞に、花森安治は居ないのでしょうか。

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