芥川で、偉大な作家といえば、芥川龍之介ですよね。
芥川龍之介は、明治二十五年三月一日に、東京に生まれています。芥川比呂志、芥川也寸志のお父さんでもあること、いうまでもありません。
芥川龍之介は、その長くはない人生の中で、万華鏡のごとく小説を書いています。紫陽花のような、とも言えるでしょうか。古代に材を採り、中國に材を採り、海外小説にも材を採っています。千変万化とは、まさにこのことでありましょう。
その芥川龍之介が、鼠小僧次郎吉に材を得た小説があります。題からして、『鼠小僧次郎吉』なんですね。芥川龍之介が、大正八年十二月に発表した物語。大正八年は、西暦の1919年ですから、ざっと百年頃の小説であります。この物語の中で、鼠小僧次郎吉は、どんな服装をしているのか。
「形の如く結城の單衣物に、八反の平ぐけを締めたのが、上に羽織つた古渡唐棧の半天と一しよに、その苦みばしつた男ぶりを、一層いなせにみせてゐる趣があつた。」
そんなふうに書いています。ここでもう、「只者ではないよ」と、匂わせているわけですね。
たとえば、「古渡唐棧の………」。これは日本で織られた唐棧ではありませんよ、の意味。今の言葉なら「ヴィンテイジ」でしょうか、「アンティーク」でしょうか。遥か遠い時代に異國から伝えられた、本物の唐棧を、意味しているのです。
唐棧は、棧留と関係があって。もともとは異國の縞柄。セイント・トオマス島が訛って、「棧留」に。さらに。「唐からの棧留」で、「唐棧」となったのです。ただし、「唐」は異國の意味であったのですが。
芥川龍之介は『鼠小僧次郎吉』も書けば、『上海游記』をも書いています。
芥川龍之介は大正十年三月から七月まで、中國を取材。その結果、『上海游記』を生んでいます。これは当時の「毎日新聞」の特派記者として、訪問したものです。
芥川龍之介が上海に行くように薦めたのが、横光利一。横光利一は、昭和三年、芥川龍之介のひと言から、上海に渡っています。ほぼひと月滞在。それをもとに書いた小説が、『上海』なのですね。この中に。
「山口は中につまっている印度製の輝いた麦藁細工の黒象をかきのけると、お杉にひとつと思って、アメシストの指環を抜きとった。」
結局、「山口」はこの「アメシスト」を五ドルで手に入れるのですが。
横光利一は、「アメシスト」と書いています。いいなあ、アメジストが五ドルで買えたなら。
アメジストのカフ・リンクスで。芥川龍之介の本を捜しに行きたいものですね。