ロオンは、生地の名前ですよね。l awn と書いて、「ロオン」と訓みます。
もともとは、麻の、平織地。後の時代には、多く綿でも織られるようになった布地です。
私などが覚えているのは、高級な女性のブラウスなどが仕立てられたこと。半ば透けるような、半ば透けないような薄地の、上品な生地という印象がありました。
ロオンは、古い時代には、「ラウン」とも訓んだらしい。なるほど、l awn と書いてあったなら、「ラウン」とも訓みたくなってくるでしょうが。
さらには漢字で、「寒冷紗」とも書いたようですね。まるで「紗」のように薄くて、肌ざわりが「寒冷」に思えたからでしょうか。
寒冷紗は、いやラウンは、いやロオンは、女の人のブラウスばかりではなく、上等のハンカチイフにも用いられたものです。
ロオンのハンカチイフ。これは一時期、高級品の代名詞でもあったものです。たとえば「深窓の令嬢」にこそお似合いなのが、ロオンのハンカチイフでありました。
ロオンのハンカチイフがお好きだったおひとりに、川端康成がいます。川端康成の小説を読んでいますと、何度か「ロオン」が出てくるのですから。
川端康成が昭和二十九年に発表した『東京の人』にも、「ロオンのしまのハンカチイフ」が出てきます。
同じく昭和三十一年に、川端康成が書いた『女であること』にも。
「一枚七百円もするロオンのレエスのまで、どれも五寸四方ほどの、女持ちのハンカチイフが………………」。
と、出てきます。川端康成は「ロオン」と書き、「ハンカチイフ」と書いています。
昭和三十一年頃。ロオンのハンカチイフは、一枚七百円前後だったことが分かります。今ならざっと、7、000円ほどでもありましょうか。
ロオン l awn は一説に、広い芝生の庭で干したから、とも。さる物の本にも出ているのでですが。たしかにl awn には「芝生」のことでもあるのですが。
でも、ロオンはフランスの中世に生まれた生地なのです。もともとはリネンで、司教のカソックなどが仕立てられたという。
この生地は、フランスの、「ロオン」L a on という場所で最初に織られたので、その名前が生まれたのであります。ここは麻織物が得意だった場所なのです。
ロオンが出てくるミステリに、『メネロフ男爵の陰謀』があります。1973年に、R・サピアとW・マーフィーとによる共著として発表された物語です。
「まるでローン地の飾りも同じじゃないか………………………」。
これは物語の主人公、レモ・ウイリアムズの呟きなのですが。役に立たない男の形容として。
また、『ネメロフ男爵の陰謀』には、こんな描写も出てきます。
「一方、副大統領が着るのは黒のシルクのスーツ。」
これは、「スカンビア国」の副大統領、アシファーの着こなし。「スカンビア国」は、物語の中に、架空の国。
「一方」とは。ネメロフ男爵が、上から下まで純白の服装なので。
「シルクのスーツ」。私の勝手な想像なのですが。もしや、ロウ・シルクだったのでは。ロウ・シルク raw s ilk は、精錬前の絹糸で織った生地のこと。
ロウ・シルクは一見、シルク・トゥイードにも思える素材のこと。凝りに凝った趣味人にふさわしい素材なのですが。
ロウ・シルクのスーツで、フランスの片田舎を旅したいものですね。