壜は、器のひとつですよね。瓶とも、壜とも書きます。多くは、ガラス壜です。
ことに液体を入れておくのには好都合の容器であります。
ワインも壜に入っていますし、シャンパンも壜に入っていますし。ワイン・ボトルと、シャンパン・ボトルとを持ちくらべてみると、すぐに分かりますが、シャンパンの壜のほうが、重い。
シャンパンには、天然自然のガスが含まれています。そのガス圧に耐えられように、厚くなっているのです。
「傍らの卓上にウヰスキーの壜が上て居てこつぷの飲み干したるもあり、注いだままのもあり………」
明治三十四年に、國木田獨歩が発表した短篇『牛肉と馬鈴薯』に、そのような一節が出てきます。場所は、東京、芝の「明治倶楽部」の食堂。
ここから、牛肉にはなぜ馬鈴薯を添えるのか。そんな話題となってゆくので、『牛肉と馬鈴薯』の題名なのでしょう。
明治であろうと、令和であろうと、ウイスキイはなんらかの壜に入っているものです。
「へリオトロープ」と女が静かに云つた。三四郎は思はず顔を後へ引いた。へリオトロープの壜。四丁目の夕暮。迷羊。迷羊。
1809年に、夏目漱石が発表した小説『三四郎』にも、壜が出てきます。もっともこの場合の壜には、香水が入っているのですが。
漱石の『三四郎』のために、当時「へリオトロープ」の香水が流行ったと伝えられています。
壜と題につく短篇に、『壜のなかの手記』がありますよね。1833年に、エドガア・アラン・ポオが発表した名品。
「余らが乗ったものは、約四百トンの壮麗な船であり、マラバールのティーク材をもってボンベイで建造されたものであった。」
ポオの『壜のなかの手記』には、そのような文章が出てきます。
もちろん、読んで最後にあっと驚く内容になっているのですが。
ポオが登場するミステリに、『パリから来た紳士』があります。19 56年に、ジョン・ディクスン・カーが書いた物語。但し物語の背景は、1849年のニュウヨークにおかれているのですが。パリからニュウヨークへ紳士がやって来る話になっています。
そして、『パリから来た紳士』は、名作。凝りに凝った仕掛が施されているのです。この中に。
「頭の上では、丈高い海狸帽子が光っています。」
これは、ハーディング医師がかぶっている帽子として。原文では、「ビーヴァー・ハット」となっています。
海狸は、ビーヴァーのこと。ビーヴァーは水陸両棲の動物で、水に強い。だからトップ・ハットにも珍重されたのです。
でも、ビーヴァーは帽子のために、乱獲。絶滅危惧。そこで、代りとして、絹のプッシュが用いられるようになったのです。
どなたかビーヴァー・ハットを再現して頂けませんでしょうか。