もじりは、和装コートのことですよね。明治から大正にかけて、男が着物の上から羽織った、和洋折衷の外套のことです。正しくは、「もじり外套」でしょうか。
「歌三郎は庇の大きい鳥打帽をかぶり、もぢり外套のポケットに兩手を入れたまま、彼女の前へ足を投げ出してゐるのだ。」
川端康成の小説『淺草紅團』の一節にも、もじりが出てきます。
ここでの「歌三郎」は、子供役者という設定になっているのですが。
「急いでモジリ外套を羽織って、刑事といっしょに宿を出た。」
1950年に、井伏鱒二が書いた短篇『片棒かつぎ』にも、もじりが出てきます。井伏鱒二は、「モジリ外套」と書いているのですが。
この時の「私」は、着物だったのでしょう。着物だからこその、もじりだったと思われます。
「もじり」。これはまた、今のパロディの意味をも持っています。
パロディとしての「もじり」と関係なくもないのが、ピープス。十七世紀、英国の日記作家、サミュエル・ピープス。
「………中身はと見れば、「落首というか、『画家への忠告』のもじり」であった。」
岡 照雄は、『サミュエル・ピープスの日記』の「解説」の中に、そのように書いてあります。
ある日、ピープスのもとに厳重な封書が届いてみると。「もじり」つまりパロディの話だったと、説明されています。
サミュエル・ピープスのお父さんは、ジョン・ピープス。ロンドンの洋服屋だったとのこと。
「今日裾開きの大きい服をやめて、銀のモールつきのコートと上下そろいの白服にしたからだ。」
1660年2月2日の『日記』に、そのように書いてあります。この日、靴と靴下を変えた理由について。
「銀のモール」。いいですねえ。
どなたか銀モールの縁取りのある外套を仕立てて頂けませんでしょうか。