タンは、舌のことですよね。tongue と書いて、「タン」と訓みます。
英語に、「タン・トゥイスター」の言い方があるんだそうです。舌が絡まる言葉。発音しにくい言葉。これが、「タン・トゥイスター」なんだとか。日本の早口言葉にちょっと似ているのでしょうか。
タンは食べることもあります。「タン・シチュウ」なんていうではありませんか。オックス・テイルもそうですが、よく動く部位は美味しいんだそうですね。
野菜などもたっぷり入れて、ゆっくり煮込むと美味なる一皿が完成であります。
タン・シチュウが出てくる評論に、『不言之言』があります。明治三十一年に、夏目漱石が発表した論文。
「………胃散の看板となるに至らず引き抜かれて「タンシチユー」と運命を同うせず。」
明治の頃には、牛の頭が胃薬の看板に使われることもあったのでしょうか。
それはともかく、明治三十一年に、夏目漱石はタンシチュウをご存知だった。いや、たぶんタンシチュウがお好きでもあったのでしょう。
『不言之言』には、こんな文章も出てきます。
「昔し子規大学にあり。俳句に関する論文を英訳して古池の句に西洋人を消魂せしめたる事あり。」
明治二十四年。正岡子規が大学二年の時、『バショウ・アズ・ア・ポエット』の題で、英文のレポートを出したことがあるんだそうですね。その中に。
ジ・オールド・ミア
ア・フロッグ・ジャンピング・イン
ザ・サウンド・オブ・ウォーター
もちろん芭蕉の句、「古池や 蛙とびこむ 水の音」の英訳だったわけです。子規が二十歳くらいの話ですから、優秀だったのでしょう。明治二十四年頃のこと。
タンが出てくる紀行文に、『モンテーニュ 旅日記』があります。
フランス中世の思想家、ミッシェル・ド・モンテーニュは、1580年9月5日、月曜日。昼食後、城館のあるボーモンを出発しています。目的地は、イタリア。その旅は、17ヶ月と8日に及んだという。
1580年9月27日の『日記』に。
「タン Thann に来て夕食。皇帝領ドイツに入って最初の都市で、非常に美しい。」
モンテーニュはそのように書いています。
また、イタリアに入ってからの『日記』には、こんな文章も出てきます。
「この男に会って、わたしは始めて軽いタフタ織で覆われた孔雀の羽で作られた、あの大きな帽子をくわしく見ることができた。」
孔雀の羽根を詰めた、タフタの帽子。それは大きな三角帽にも似ていて。一種の防暑帽になっているのです。つまり、孔雀の羽根が、断熱材となって。
タフタの帽子。1580年頃のフランスにはなくて、イタリアにはあったことが窺えるでしょう。
どなたかタフタの防暑帽を作って頂けませんでしょうか。