パラソルとハット・バンド

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パラソルは、西洋日傘のことですよね。parasol と書いて「パラソル」と訓みます。
「パラ」para は、「防ぐ」。「ソル」s olは、「太陽」を意味するラテン語から出ているんだそうですね。
傘全体の歴史から申しますと、雨傘より日傘の方がはるかに古いんだそうです。

「ところで、伯父は、いち早く流行のパナマ帽をかぶり、灰色の日避けパラソルをさして、ゆっくり歩いてきたのだ。」

掘田善衛が、1953年に発表した『時間』に、そのような一節が出てきます。ただし、物語の背景は、1937年頃におかれているのですが。
戦前に男がパラソルを差すこともあったのでしょうか。

パラソルが出てくる歌謡曲に、『君を待つ間』があります。昭和二十七年に、西條八十の作詞。作曲は、服部良一。

🎶 君を待つ間の パラソルを 軽く濡らすは 小ぬか雨

この少し前の歌詞には、
🎶 誰の移り香 コティの香り
ずいぶんハイカラな歌だったのでしょう。

雨といえば、大正三年に。西條八十は銀座でにわか雨にあったことがあるんだとか。仕方ないので 近くの小料理屋の店先で雨宿り。
でも、雨は止みそうもなくて。小料理屋の娘さんが、傘を貸してくれた。
次の日に傘を返しに行って、その娘さんにプロポーズしたんだそうですね。この女の人は、小川晴子。小料理屋のお嬢さんだったという。
大正五年六月一日に、二人は結婚。神楽坂の料理屋の二階で。
その後、晴子の薦めで、新橋に天婦羅屋を開いています。屋号は、「天三」。詩人仲間がやって来て、けっこう流行ったんだそうですね。
西條八十はゴム長を履いて、魚の買い出しにも行ったそうです。

🎶 旅のたそがれ 知らない街で とんぼ返りを していたら

西條八十は昭和二十七年に、『旅の角兵衛獅子』を、作曲。万城目正の作曲。これを歌ったのが、美空ひばり。
同じく昭和二十七に、西條八十が美空ひばりと並んで写している一枚が遺っています。
西條八十はグレイとおぼしきソフト帽をかぶって。そのハット・バンドがうんと広くなっています。もし今がナロウ・バンドなら、「ワイド・バンド」でしょうか。
帽子はハット・バンドひとつで、大きく印象の変わるものです。
どなたか幅広のハット・バンドのソフトを作って頂けませんでしょうか。

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