ヴェルレエヌとヴェルール・コトレ

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ヴェルレエヌは、フランスの偉大な詩人ですよね。もちろん、ポオル・ヴェルレエヌのことであります。
シャンソンのひとつに『ラ・ボエーム』がありますね。この歌詞の中に。

🎶 ボオドレエルや ヴェルレエヌの 詩を読んでいた………

と、出てきます。フランスでもボオドレエルとともに、ヴェルレエヌはよく親しまれているのでしょう。

巷に雨の降る如く
われの心に涙ふる。
かくも心ににじみ入る
この悲しみは何やらん?

これは誰もが記憶しているヴェルレエヌの詩の一節でしょう。
ポオル・ヴェルレエヌは、1844年3月30日に、フランスの「メッス」に生まれています。お母さんは、ステファニー。お父さんは、ニコラ=オーギュスト・ヴェルレエヌでありました。お父さんは、フランス軍の大尉だったそうです。
その時代のフランス軍の制服は、華麗なビコルヌが含まれていたという。ナポレオン式の二角帽。ブルーのパンタロン。上着の胸にはビロードの階級章飾りがついていて。幼い頃のヴェルレエヌはこの制服に憧れて、軍人になりたいと、思っていたとか。
ただ、軍人に転勤はつきもの。ポオルも一家に従って、モンペリエ、セット、ベズィエ、ニームなどに移り住んでいます。
後のヴェルレエヌの旅好きは、この幼少期の記憶と関係しているのではないでしょうか。
1872年には、ヴェルレエヌはランボオと一緒に、英国に旅しています。船で、八時間かけて、ドーヴァーに渡って。着いた日はたまたま日曜日で、多くの店が閉まっていて。やっと見つけたのが、「コーヒーハウス」。「コーヒーハウス」では時間によっては酒を出さない。そのことを知っていて、わざとヴェルレエヌは、「エスプリを」と注文。
フランス語の「エスプリ」は、英語の「スピリッツ」のこと。その時の店員の答え。
「うちの店には、エスプリをおいてございません。」

ヴェルレエヌはこのシャレをとても面白いと感じたとのことですが。

ヴェルレエヌが出てくる伝記に、『ジョルジュ・ペレック伝』があります。1993年に、デイヴィッド・ベロスが発表した伝記。
ジョルジュ・ペレックは、フランスの作家。1936年3月7日に、パリで誕生しています。

「………ヴェルレーヌの他ならぬ次の詩の収まっている詩集を届けるのを忘れないよう頼んだことがあるのだから。」

英国人の著者、デイヴィッド・ベロスは、『ジョルジュ・ペレック伝』の中に、そのように書いています。
これはペレックの学友だった、フィリップに頼んだことに触れているところ。ペレックが若い時からヴェルレエヌの詩を愛読していたことは間違いないでしょう。
大人になったジョルジュ・ペレックが好きだったのが、コオデュロイの服。

「コールテン・ズボンの歳月に、ペレックは研究所での「務め」と作家の「仕事」のあいだに極めて明確な区別をたてていた………」

『ジョルジュ・ペレック伝』には、そのように出ています。
「コールテン」。フランスなら、「ヴェルール・コトレ」velours côtelé でしょうか。
「ヴェルール」は、ビロード。フランスではコオデュロイをヴェルヴェットの一種だと考えるわけですね。「畝のあるビロード」と。
どなたかヴェルール・コトレのスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。

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