ハムとバックスキン

ハムは、人気ある食材ですよね。毎朝、ハム・エッグズというお方も少なくはないでしょう。
ハムをうんと厚切りにして、まるでステーキであるかのように食べるのも、美味しいものです。
英語での言い方に「ハム・アクター」があるんだとか。「大根役者」の意味。日本での大根は、ハムになるのでしょうか。
ひとつの説としては。十九世紀のアメリカに、ハミッシュ・マカラックという人物がいまして。このお方の藝名「ハム」からやがて「大根役者」の意味になったという。

「何かあるだらう。ハムでも持つて來い。それから黑麦酒が可からう。」

徳田秋聲が、明治三十二年に発表した小説『情もの』に、そんな一節が出ています。
これは客がやって来たので、コックに注文している場面として。

「大船なるサンドヰ⺍チの上包に、ハムは鎌倉郡の名産也、御試養とあると豚飼へとは誰も思はねど、滋養の養とは些いかなるベし。」

明治三十六年に、斎藤緑雨が書いた『仕入残り』にそのような科白が出てきます。
ここからの想像ですが、鎌倉ハムみ、大船軒のサンドイッチも昔からあったんでしょうね。

「午後四時 オダマキ 蒸饂飩 サシミ少々 陸ヨリモラヒタル豆ノモヤシナド食フ 虚子來ル ハム、ローフヲクレル 」

正岡子規の『仰臥漫録』に、そのように書いてあります。明治三十五年三月十二日のところに。
たぶん、正岡子規のところに高濱虚子が、ハムを持って行ったというのでしょう。

「ハムは大好物だから大に喜んで食ひます。」

夏目漱石が高濱虚子に宛てた手紙に、そのような一節が出ています。明治三十九年十一月十一日、日曜日の日付になっているのですが。
たぶん、これは虚子の手紙に対しての返事なのでしょう。虚子が漱石に、「ハムはお好きですか?」と訊いたのでしょう。それに対して「大好物」と答えたものかと思われます。
そうしてみると、明治三十九年頃の高濱虚子は、美味しいハムを売っている店を見つけていたのでしょう。

「夜、買つて來た罐詰、鶏、ハム、パン、チョコレート、ヴェルモットをのむ。」

大正四年三月二十一日、日曜日の『日記』に、漱石はそのように記しています。これは京都に旅した時の話として。
漱石がハム好きだったのは、まず間違いないでしょう。

「原は刻んだサラダをハムの上へ載せて、それをフオークで突き差した手を止めた。」

夏目漱石の小説『明暗』に、そのような文章が出てきます。漱石は、ハム・サラダがお好みだったのかも知れませんね。

ハムが出てくるミステリに、『ミッション・ソング』があります。2005年に、英国の作家、ジョン・ル・カレが発表した物語。

「ヨーク州のハム一本。フォアグラが一キロほど。スモークサーモンまるごとの切り身、冷たいローストビーフの塊、チェダーチーズ入りビスケット、シャンパンのマグナムボトル、」

これは「フォートナム・メイソン」からの贈物として。
また、『ミッション・ソング』には、こんな描写も出てきます。

「デザイナーものの服に《レイバン》のサングラス、鹿革のジャケット、金のネックレス、カウボーイハットの刺繍のあるテキサスブーツ。」

これは「バティスト」という男の着こなし。
「バックスキン」buck skin は、「男鹿の革」のこと。バックスキンは、表に傷があることが多いので、その裏側を使ったりするものです。
どなたかバックスキンの上着を仕立てて頂けませんでしょうか。