メルヴィルは、人の名前にもありますよね。ふつう、
Melville と書いて「メルヴィル」と訓むことが多いようですが。
たとえば、ハーマン・メルヴィル。アメリカの偉大なる作家。代表作は、『白鯨』。『白鯨』は、長篇小説。また、何度も映画化されています。今も映像でも愉めるわけですね。
ハーマン・メルヴィルは十九世紀最高のアメリカ作家だと、考えて良いのではないでしょうか。
ハーマン・メルヴィルは、1819年8月1日。ニュウヨークのパール・ストリート十六番地に生まれています。
ブルックス・ブラザーズ開業の翌年ということになるのでしょうか。
お父さんの名前は、アラン。お母さんの名前は、マライアだったと伝えられています。お父さんのアランはフランス語が達者で、そのためもあってか、舶来品を扱っていたという。主にフランスの洋品を。
お父さんのお祖父さんは、例の「ボストン・ティーパーティー」にも参加した勇者だったとのことです。
お父さんの店はパール・ストリート123番地にあったそうですが。
お父さんのアランはその後に、オルバニーに移って、毛皮を商ったとのこと。ハーマン・メルヴィルも多少ファッションには通じていたのではないでしょうか。
ハーマン・メルヴィルと船との関係は、1841年にはじまっています。1841年1月3日。捕鯨船「アクシューネット号」に乗込んでいます。
それから後のメルヴィルは、波瀾万丈。たとえば。ある時、人食い人種といわれるタイピー族と一緒に生活もしているのです。それが後に小説の『タイピー』になっているのです。
メルヴィルの名作『白鯨』の発表は、1851年のこと。これはひとつには、ホーソンの薦めがあったとも。
メルヴィルの尊敬する作家は、ナサニエル・ホーソンで、偶然のことからメルヴィルはホーソンに会っているのです。
たまたま避暑に行ったアロウヘッドで。ここでメルヴィルは出版者のフィールドを訪ねる。そこで、ホーソンに出会っています。
食事の前に皆で散歩することに。その散歩中、俄か雨にあって、とりあえず洞窟に避難。そこでメルヴィルはホーソンと親しく語り合うことができたんだそうですね。
ハーマン・メルヴィルの『白鯨』を読んでおりますと、「スターバック」という一等航海士が出てきます。珈琲好きの船員。ここから「スターバックス」の店名が誕生したのでしょう。
この『白鯨』の前、1849年に完成した小説が、『ホワイト・ジャケット』なのです。やはり海の上での物語。『ホワイト・ジャケット』は、文字通り「白い上着」であり、いつもそれを着ている主人公のあだ名でもあるのですが。
メルヴィルの『ホワイト・ジャケット』を読んでおりますと、こんな一節が出てきます。
「司厨庫手から《厚手ラシャジャケット》を支給してもらえず、それに行き先はホーン岬なんだから」
ホーン岬なら、それほど寒くはないという意味なのでしょうか。
ここでの「厚手ラシャ」は、メルトンmelton ではなかったでしょうか。極厚のウール生地。
「メルトン」は、1820年頃からの英語。可能性は充分あるでしょう。
どなたか極厚のメルトンでピー・ジャケットを仕立てて頂けませんでしょうか。