パール(pearl)

419px-Johannes_Vermeer_(1632-1675)_-_The_Girl_With_The_Pearl_Earring_(1665)
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心中の星

パールは真珠のことである。古くは「白珠」 (しらたま ) とも呼ばれたという。

「白珠は人に知らへず、知らずともよし、知らずとも我し知れらば、知らずともよし。」

『萬葉集』にもそのように詠まれている。この「白珠」は今の真珠のことと思われる。日本でも真珠の歴史は古く、『魏志倭人伝』にも「白珠」について述べられている。卑弥呼の後継者、壱与が、今の中国に五千個の「白珠」を贈ったと出ている。

よく知られているように、真珠は貝の中の突然変異から生まれる。なにかの異変から貝の一部が欠落すると、その欠落を真珠層が包む。その真珠層によって包まれた珠が、パールとなるのだ。

パールの美しさは古代から知られていた。が、パールがどのようにして生まれるのかは知られていなかった。

「受胎の季節になると、貝は口をあけ、天から降ってくる霧を吸い込む。こうして貝から生まれるのが真珠である。」

古代ローマの博物学者、プリニウスはそう考えていたのだ。天の霧を吸った貝から真珠が生まれる。なんと詩的な発想であろうか。そういえば、明治三十七年の『戀衣』の中で、与謝野晶子はこう詠んでいる。

「玉まろき 桃の枝ふく 春のかぜ 海に入りては 眞珠を生むべき」

与謝野晶子は、桃の枝をかすめて風が海に入ると、真珠が生まれる。そう考えていたのかも知れない。

それはともかく、古代ローマでは真珠を「マルガリータ」 margarita と呼んだ。今、西洋にマルガリータの名前は少なくない。これはもともと「真珠のように美しい」の意味であったのだ。また「マーガリン」は色が真珠に似ているからである。

一方、フランスには「ペルル」perle の言い方がある。これはラテン語の「ペルナ」 perna と関係があるらしい。

「あこやがい、あわびなどの体内で形成される球状、円形の珠。天然と養殖によるものとがある。やわらかく清そな光沢と気品のある美しさは古来より貴重視されてきた。」

田中千代編『服飾事典』 ( 1969年刊 )にはこのように説明されている。「清楚な光沢」、「気品のある美しさ」。まさにこれこそがパールの特質であろう。パールもまた宝石のひとつであってみれば、粒の大きさは誇りでもある。が、パールに限っては大きさは必ずしも派手さにつながらないのだ。

「並はずれて大粒の、色も形も完全に揃った真珠が八十四連なり、父帝が母に、そして母亡きあとはわたくしに賜ったものです。」

ロバート・ファン・ヒューリック著 和爾桃子 訳『真珠の首飾り』の一文。この時代背景は、古代中国。この科白は、則天武后のものである。皇室の財宝について語っている場面。

真珠が時代を問わず、国境を問わず、貴重な宝とされてきたことが窺えるに違いない。

中世の英国でも真珠は宝であった。1588年ころに描かれた、『アルマダ・ポートレート』がある。これはエリザベス一世の肖像画。この絵のエリザベス一世は、何本もの、長い、大粒真珠のネックレスを下げている。それは、黒真珠。そして当時の絢爛たる衣裳のここそこに、様ざまな真珠が鏤められている。さらには髪飾りにも、ドロップ型の真珠があしらわれている。

この絵を観る限り、英国王は「真珠王」であったと、言いたくなってくるほどである。

パールを描いたものとして有名なものに、『真珠の耳飾りの少女』がある。別に、『青いターバンの少女』の題もあって、オランダの画家、フェルメールの筆になるもの。1666年ころの作ではないかと、考えられている。

ただしこの「少女」が誰なのか、なぜこれほど美事な真珠であるのか、まったく謎なのだ。

「 「しかしだね」小声で囁く。「絵にはどうしてもそれが要る。真珠に反射する光がな。それ抜きでは仕上がらない」 」

トレイシー・シュヴァリエ著 木下哲夫 訳『真珠の耳飾りの少女』の一節。もちろんこれは、小説である。

小説の中では「少女」は、フェルメール家の女中だったフリートであったことになっている。そして真珠の耳飾りは、奥様のものであった、と。あくまでも物語ではあるが、時には一枚の絵が、一粒の真珠がロマンを生むこともあるわけだ。そしてまた、真珠は淑女のためだけでなく、紳士のためのものでもある。

「紳士というのは、三揃いの背広をきちんと着て、その襟に略章をつけ、ネクタイを真珠ピンで止めるような異性のことで、そういう人なら夫として申し分ないと思うのです。」

フランスの作家、カトリーヌ・アルレーは『理想の相手』の中で、そのように語っている。真珠が紳士にふさわしいこと言うまでもない。

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