カラー(collar)

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第二の表情

ここでの「カラー」 collar はシャツの襟のことである。カラーの意味は広い。上着にもコートにもカラーがあるように。
シャツの襟はそれを着る人の表情を変える力を持っている。毎日のようにバリモア・カラーを着ている人が、ある日突然、ライリー・カラーを着ると、顔つきまでが変わって見える。
バリモア・カラーはごく襟先の長いもの。ライリー・カラーは、襟の下が丸く、美しいカーヴを描いているもの。
さらにはダブル・カラー ( 折襟 ) にするのか、シングル・カラー ( 立襟 ) にするのか、ということになると、思想の問題のようにも思えてくる。襟そのものは小さいが、意外に大きな力を持っているのだ。
よく知られているように、昔のカラーはたいてい着脱式になっていた。シャツの本体にカラーを取り付けて着たのだ。それは、「ディタッチト・カラー」とよばれたものである。
取り外し可能の襟は、1820年代のアメリカではじまっている。NY州、オルバニー、トロイの、オーランド・モンタギューが考案したという。オーランド・モンタギューの主人は殊の外きれい好きで、シャツの洗濯にうるさかった。そこで、カラーだけを外して洗うことを思いついたのだ。
カラーが外せることは、いうまでもなく、カラーだけプレスをし、糊づけできることでもあった。これによってシャツの扱いが一挙に楽になったのである。
この着脱式のシャツを商品化したのが、クルエット社。クルエット社が後に売り出すことになったのが、「アロー」の商品名であった。その後アローは、画家のレイエンデッカーにシャツの絵を依頼して、大いに宣伝することになる。そのために「アロー・カラー・マン」は当時の理想の男とされたものである。
それはともかくアメリカで生まれたディタッチト・カラーはやがて世界を席巻することになる。シャツ本体にカラーをとり付けて着るのが、常識となるのだ。
その襟を留めるために使ったのが、カラー・スタッドである。その時代には多くクジラのヒゲが材料とされた。あるいはゴールドやシルヴァーというのもあった。カラーの前後の小さな穴が用意されていて、ここにカラー・スタッドを通して留めたのだ。
そしてまた、予備の襟を入れておくための小箱が、カラー・ボックスであった。それは丸い、筒状の箱で、ここにカラーを入れておいた。たとえば旅行に行くには、このカラー・ボックスに何枚かの替襟を入れて、持ち歩いたのである。
1902年の『シアーズ・ローバック』のカタログを開くと、「メンズ・リネン・カラー・アンド・カフ」の項が見つかる。992ページに。もちろんシャツはシャツだけ、カラーはカラーだけと、分けて買うことができたのだ。
そしてまた、カラーと同じくカフも着脱式になっていたのである。
カタログの一番最初に出ているのは、今でいうウイング・カラー。ただしそのカラーについての名称は出ていない。他のカラーについても名前は示されてはいない。値段は、一枚が10せんと。一ダースで、1ドル20セントと書かれている。
この1902年のカタログ上に、すでにダブル・カラー ( 折襟 ) が出ている。もちろん着脱式であることは言うまでもない。値段もシングル・カラーと同じになっている。
その次のページに、「セルロイド・ウォータープルーフ・カラー」が紹介されている。形はまったく通常のものと変わらないが、読んで字のごとくセルロイド製。「ウォータープルーフ」というよりも、汚れたなら、水に濡らした布で拭くことができたのであろう。
さらに1908年の『シアーズ・ローバック』には、「ラバー・カラー」が出ている。セルロイド製からゴム製に変化したものであろう。これまた、洗濯不要の襟であったものと思われる。今から百年以上も前の話ではあるが、人びとがカラーをいかに美しく保つかに苦労してきたことが窺えるに違いない。
では、イギリスでのカラーはどうであったのか。1929年『ハロッズ』のカタログの開いてみるとしよう。セルロイド製もラバー製も出ていない。ここでのカラーの素材はほとんどホワイト・リネンである。値段は一枚、1ポンド6シリング前後。これを1ダースで買うと、17ポンドになる。おそらくダースで買う人が多かったのであろう。
そのデザインとしては、「スクエア・ウイング・カラー」が出ている。これはウイング・カラーの折返した両端がはっきり四角にカットされたもの。あるいは、「ラウンド・ウイング」。これはウイング・カラーの先端が丸く、美しいカーヴになっているもの。さらには「ポロ・カラー」も紹介されている。ここでのポロ・カラーは、今でいうロングポイント・カラーのことである。値段は1枚1ポンド3シリングになっている。
もう今の時代にディタッチト・カラーを着る人は少ない。しかしウイング・カラーを着る機会はあるし、長く、美しい、「ポロ・カラーを着てみたいと思うこともあるに違いない。

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2015/08/18 13:07、Shinpei NAKANO のメッセージ:
出石尚三

8月21日 (3 日前)

To Shinpei
collar

第二の表情

カラーは襟のことである。襟には数多くの種類がある。上着にも襟があり、コートにも襟がある。
しかしここでの「カラー」collar は、シャツの襟のこと。そしてまた、シャツのカラーにも様ざまな形があること、言うまでもない。そしてカラーにはカラーの力がある。
いつもバリモア・カラーを着ている人が、ある日突然、ライリー・カラーを着ると、その印象は一変する。
バリモア・カラーは、ごく襟先の長い形。ライリー・カラーは、襟の下で丸く、美しい、カーヴを描いている形。
もっと単純に、ハード・カラーなのか、ソフト・カラーなのか。ここにも着る人の思想があらわれる。
シングル・カラーなのか、ダブル・カラーなの。これについてもまた、同じことが言えるだろう。
カラーは単に着る人の印象を変えるだけでなく、思想の表現場所でもあるのだ。
現在のカラーはまず例外なく、「アタッチト・カラー」である。シャツ本体に襟が組み込まれている。昔のシャツはたいていの場合、「ディタッチト・カラー」であった。襟は襟で独立していたのである。
この着脱式のカラーは、1820年頃のアメリカにはじまっている。NY州、オルバニー、トロイの、オーランド・モンタギューという主婦が考案。オーランド・モンタギューの亭主が極端なほどのきれい好きであったから。毎日洗濯してアイロンをかけるのは、ひと苦労だった。
そこで、カラーをシャツから外すことを考えた。これならカラーだけを洗える。カラーだけをプレスできる。カラーを毎日替えるにしても、シャツ本体は何日か着れば良いではないか、と。
やがてオーランド・モンタギューのアイディアは商品化されることに。同じくアメリカの「クルエット社」によって。クルエット社が後の名づけたのが、「アロー・カラー」であった。。
さらに「アロー・カラー」は、画家のレイエンデッカーにその絵を依頼して大いに宣伝をした。たちまちアロー・カラーは有名になった。そればかりかレイエンデッカーの描く「アロー・カラー・マン」は、理想の男性像とされたのである。カラーからはじまった理想像としては、記憶されるべきであろう。
それはともかく、アメリカ生まれの「着脱式カラー」はその後、世界を席巻する。シャツ本体にカラーを取りつけて着るのが世の常識になる。
では、実際にはどうやってそれを着たのか。カラーとカラー・スタンドの両方にボタン・ホールが用意されていて、ここにカラー・スタッドを通して、留めたのである。カラー・スタッドには多く、クジラのヒゲが使われた、あるいはゴールドやシルヴァーのカラー・スタッドということもあったが。
そして予備のカラーを入れておくための丸い箱が、カラー・ボックスであった。旅行に出るには何枚かのカラーを入れたカラー・ボックスを持ち歩いたのである。
1902年度版『シアーズ・ローバック』のカタログには、「メンズ・リネン・カラー・アンド・カフ」の項目が紹介されている。言うまでもないことではあるが、カラーはカラー、カフはカフと、それぞれ別に買ったわけである。つまりカフも、カラー同様に、着脱式になっていたのだ。そしてまた、二十世紀のはじめには、リネンのカラーとカフが一般であったことも分かるだろう。
ページの最初に出ているのは今でいう「ウイング・カラー」である。ただし襟型についての特別の名称は与えられていない。その他のカラーについても同じことである。値段は、カラー一枚につき10セントと説明されている。今の千円くらいであろうか。
この1902年のカタログにはすでにダブル・カラー ( 折襟 ) が一部紹介されている。もちろん、着脱式のダブル・カラー。これも値段は、10セントと記されている。 さらに次のページには、「セルロイド・ウォーター・プルーフ・カラー」が出ている。形はまったくのシングル・カラーなのだが、セルロイド製の襟。汚れたなら、拭き取れる襟だったのだ。これはカラーのみならず、セルロイド製のカフもあったようである。余談ながらセルロイド・カラーは、11セントの値段になっている。
くどいようではあるが、1908年度版の『シアーズ・ローバック』を開いてみるとしよう。ここには通常のカラーに加えて、「ラバー・カラー」が掲載されている。この六年の間に、セルロイドからラバーに発展したということなのか。今から百年以上前の話ではあるが、カラーをいかに美しく、固く、張りのある状態に保つのか、そのことにどれほどの情熱が傾けられてきたことであろうか。
ところでイギリスでのカラーはどうであったのか。1929年度版『ハロッズ』のカタログがひとつの参考になるのかも知れない。
『ハロッズ』のカタログにはセルロイドもラバーも出ていない。1920年代の英国ではその流行はなかったものと思われる。カラーの素材はやはり、ホワイト・リネンである。値段は一枚、1ポンド6シリング。これを1ダース買うと、17ポンドになる。ということは当時、カラーをダースで購入する人が少なくなかったのだろう。
襟型としてはたとえば、「スクエア・ウイング」というのがある。これはウイング・カラーの折り返した端をきっかり四角にカットしたもの。あるいは、「ラウンド・ウイング」。これは折り返した端を丸くカットしたデザインのもの。
一方、シングル・カラーだけでなく、ダブル・カラーも紹介されている。一例を挙げるなら、「ポロ・カラー」。これは今の我われの目で見れば、「ロングポイント・カラー」であろうか。こちらは一枚、1ポイント3シリングという値段になっている。
カラーが表現を変えることは間違いない。もし自分の表情に無関心でないのなら。もっとカラーに関心を持つべきである。

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