グログラン(grosgrain)

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端麗なる畝織

グログランは絹を主体とした畝織地である。フランスでの「グログラン」 grograin がそのまま英語化されたので、今なお「グログラン」という。
「グロ」 gros は「粗い」、 「グラン」 grain は「粒」。直訳すれば「粗い粒」でもあろうか。おそらくは生地の表面感をあらわす言葉から生地名が生まれたのであろう。フランスでの「グログラン」は、十六世紀から使われていうとのこと。
グログランは男にとっても身近かなもので、ソフト・ハットのハット・バンドには、たいていグログランが用いられる。
また、勲章を下げるための緒の部分も多くはグログランである。さらにはディナー・ジャケットのフェイシング ( 拝絹 ) にグログランがあしらわれたりもする。
カーディガンの内側にグログランが張られることもある。ボタン部分の補強のためである。つまりグログランは張りと光沢とがあって、丈夫な生地でもあるのだ。

「グログランは経に細糸、緯に太糸を利用して<横畝>をあらわした平織物。経糸に数本の細糸を一本の太糸のように織っているのが特徴。」

『新・田中千代 服飾事典』には、そのように解説されている。
ひとつの想像として、そもそものグログランは交織地としてはじまっているのではないか。経糸に絹、緯糸に梳毛糸を配して生地ではなかっただろうか。
グログランの特色は横畝の美しさであって、光沢も素晴らしい。生地には充分な張りがある。プリーツやギャザーが映える。イヴニング・ドレスによく使われたのもそのためである。
十六世紀に生まれたであろうグログランは、間もなく英国に伝えられる。英語としての「グログラン」は、1562年にすでに使われているとのことである。それは美しく、強い生地であったからだろう。

「彼はおそらく私が言った値段であのグログランを買うに違いない。」

英国の作家、ベンジャミン・ジョンソン著『ユウモアの人々』 (1598年刊 ) の一文。ただしその綴りは、「 grogran 』になっているのだが。それはともかく1598年頃のイギリスで「グログラン」が何であるのか、知られていたことが窺えるに違いない。

「私は私の甥に、私のシルク・グログランのクロークを与えた。」

クリストファー・ブルックス著『リチャードの幽霊』の一節である。ここでの「クローク」 cloak は、今のマントに似たものでもあったろうか。
それはさておき、十七世紀の英国では、グログランをレインコートのように使うことは、珍しくはなかったようである。
「グロッグ」が生まれたのは、1740年のことであるらしい。1740年頃の「グロッグ」は、「水割りラム」のことであった。
当時は水兵は水代わりにラムを飲む習慣になっていた。が、ついラムを飲み過ぎることがあったので、「水割りラム」を支給することになった。もちろんそれは不満の対象で、水兵たちは皆「グロッグ」と呼んだのだ。
1740年に「水割りラム」の命令を出したのが、英国海軍提督、エドワード・ヴァーノンであったから。エドワード・ヴァーノンの仇名が、「オールド・グロッグ」で、そこから「グロッグ」となったのである。
エドワード・ヴァーノンは雨の日にはいつもグログラン製の外套を羽織っていたからである。つまりコートの生地の名前から生まれた仇名だったのだ。
余談ではあるが「グロッギー」 groggy もまた「グロッグ」から出た表現であること、言うまでもない。グロッグを飲み過ぎた状態から来ているのである。
ところでこのグログランが日本に伝えられたのは、寛文元年 ( 1661年 ) のことである。十六世紀、フランスにはじまったグログランは、十七世紀の日本に齎されている。これははやいのではないか。

「入貢の蘭人御覧あり。貢物は珊瑚珠百。( 中略 ) 猩々緋一種、羅紗一種、ころふくりん一種……」

『徳川実記』 寛文元年三月三日のところに、そのように記されている。オランダから、カピタンがやって来たので、将軍、徳川家綱が面会した、というのである。その時の献上品が並べられている。そのひとつに「ころふくりん」が含まれていた。この「ころふくりん」こそ、グログランだったのである。十七世紀のオランダにあっても、グログランは貴重な生地であったものと思われる。
1661年にグログラン ( ころふくりん ) はただ伝えられただけでなく、やがて流行となる。後の、呉絽服連がそれであったのだ。さらにこれが略されて、「ゴロ」とも「フクリン」とも呼ばれたのである。
今「ゴロ」は廃れてしまったが、「フクリン」は、今なお着物地に生きている。少なくとも今日の日本人よりも、江戸の人たちのほうがグログランに親しんでいたのかも知れない。

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