人生は、人が生きることですよね。人が生きると書いて、「人生」となるのですから。
実に分かり易い言葉であります。でも、言葉が分かり易いことと、人生そのものが分かり易いこととは、別問題のようですね。
「人生は一箱のマツチに似てゐる。重大に扱ふのは莫迦々々しい。重大に扱はなければ危険である。」
芥川龍之介は『侏儒の言葉』の中で、そんなふうに書いています。そしてまた、すぐその後に、こうも言っているのです。
「人生は落丁の多い書物に似てゐる。一部を成すとは稱し難い。しかし兎に角一部を成してゐる。」
これは『侏儒の言葉』の中の「人生」という章に収められていて。友人の「石黑定一君」に寄せての文章という設定になっています。
うーん。人生は、難しい。
ところで、福澤諭吉は「人生」をどんなふうに考えていたのか。
「千辛万苦、勞力を憚る勿れ。人生勞せざるは功なし。」
慶應元年に、福澤諭吉は『西洋事情』の中でそのように書いています。
千の辛いこと、万の苦しいことを乗り越えることが、人生の成功に結びつく。たぶん、
福澤諭吉はそんなふうにおっしゃりたかったのでしょう。
福澤諭吉は、明治四年に、三田の土地、一万数千坪を借り受けています。もちろん、今の慶應義塾大学がある場所。その前は、「島原屋敷」のあった所。
福澤諭吉はどうやって手に入れたのか。
明治のはじめ。今の「警察」という存在はありませんでした。ある時、明治新政府のお偉方が福澤諭吉のもとにやって来て。
「ポリスとは何か?」と、問う。で、諭吉は、「私がお調べいたしましょう」。
そのかわり「島原屋敷」をお貸しください。
結論から申しますと、現在の「警察」のもともとは、福澤諭吉が世界の警察事情を調べた上で、成り立っているわけです。
人生を説いた小説に、『僕の最後の黒い髪』があります。2006年に、フランス人の、
ジャン=ルイ・フルニエが発表した、ユウモア 小説。
2006年ということは、ジャン=ルイ・フルニエが、六十歳くらいのときの物語。
余談ですが、著者のフルニエは、「同い年のシトロエン2CV」に乗っているらしいのですが。
「劇場に行って、
「最近、役者の声がどんどん小さくなる!」
と言うようになった時。
人が年をとるとはどんな時か。フルニエはユウモア をこめて、あれこれと語っています。
あるいは、また。
口元に微笑みを、胸ポケットに花を。
ビロード、ツイード、カシミヤなど、柔らかい生地の服を着ること。
柔らかいとみんなが撫でたくなるから。
まあ、そういうこともあるかも知れませんが。
さらに。
メガネなしでも暗闇の中でも、すらすら言えるように詩を暗記するけこと。
うーん、これは難しい。
でも、すぐ出来ることもあって。
「夏になると、時には、奴らを喜ばしてやるために、ショートパンツをはいて日光浴をさせてやる。」
ここでの「奴ら」は、脚のこと、なるほど、脚にも日光浴は必要でしょうね。
いや、日光浴でもなんでも良いのです。ショート・パンツを穿くには、自分自身の中で明確な目的を持つこと。夏だからとか、皆が穿いているからなどの、消極的な、希薄な理由でショート・パンツを穿くのはよくありません。
「このショート・パンツを穿くために、我が人生は存在する」くらいの堂々たる信念で穿かなくてはいけません。
どなたか人生を賭けるにふさわしいショート・パンツを仕立てて頂けませんでしょうか。