暖房にも、いろんなやり方があるようですね。たとえば、床下暖房とか。
床下暖房の歴史も古いんだそうですね。少なくとも古代ローマの時代にはあったらしい。それは「ハイポコースト」の名前で呼ばれたという。「ハイポ」と「カイエイン」とをひとつにした言葉。そのままに訳すと、「下から熱する」。
つまりですね。少し離れた所に炉があって、ここで火を燃やす。燃やして温めた空気を床下に送る方法だったんだそうです。
このために、建物の床は「ピアエ・スタックス」と呼ぶ無数の柱で支えられていたという。
この「ハイポコースト」は、ローマの商人で技術者でもあった、ゼルギウス・オラタが考えたんだとか。紀元前25年頃に。
ハイポコーストの技術は、床下だけでなく、壁の裏にも応用されることがあったとも。ただし、炉の側に人がついている必要から、裕かな家に限られていたという。
ハイポコーストの話が出てくるミステリに、『決着』があります。1993年に、ディック・フランシスが発表した物語。
「石の床の下に空洞や通路遣って熱い空気を通すと、床はいつも暖かいんだ。」
これは七歳の男の子、ニールの科白。ニールのお父さん、リー・モリスは建築家なので。そして、リー・モリスの着こなしは。
「グレイのズボン、白いシャツ、ネクタイ、紺のブレイザー………」
ロンドンでブレイザーが見られるようになるのは、1890年頃のこと。その時代のブレイザーは、背中が一枚で仕立てられていたんだそうですね。