三ツ矢と三揃い

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三ツ矢で、爽やかな飲物といえば、「三ツ矢サイダー」でしょうね。三ツ矢サイダーの歴史も古くて、明治のはじめに遡ります。
三ツ矢サイダーは以前、「平野水」といったものです。この「平野水」を実際に発見したのは、英國人の、ウイリアム・ガラン。明治十四年のことなんだとか。
明治のはじめ、日本政府から招かれた異人たちは、ソーダ水のないことに困っていた。なんとかソーダ水がたやすく手に入らないものか。日本で、ソーダ水を探すための代表者が、ウイリアム・ガランだったのです。
そして、ガランはついに、発見。当時の、兵庫県川辺郡多田村字平野村に。
ここは昔、温泉があった所。温泉の後は、銀が出た。そして銀の終った後、鉱泉が出たのであります。
明治十七年、この鉱泉を壜詰めにして、「平野水」が売りだされた。「三菱商会」によって。これが「明治屋」の「三ツ矢印平野水」になるのが、明治二十二年のことなのです。一時期、「三ツ矢平野シャンペンサイダー」の名前で販売されたこともあるらしい。

「其の代り日に數回平野水を一口づつ飲まして貰ふこ事にした。平野水がくんくんと音を立てる様な勢いで、食道から胃へ落ちて行く時の心持は痛快であつた。」

夏目漱石著『思ひ出す事など』には、そのように出ています。その頃、漱石は大病に倒れて、食事制限。でも、平野水だけは許された。つまり、漱石にとっての平野水は「生命の水」でもあるのでしょう。漱石の小説によく「平野水」が出てくるのも、故なきことではありません。

「彼の新調は何處かのデパートメント、ストアの窓硝子の中に飾つてある三つ揃いに括り付けてあつた正札を見付けて…………………。」

夏目漱石著『明暗』の一節。漱石の時代のスーツは、まず例外なくスリーピースでしたからね。
さて、スリーピース・スーツを着て、美味しいサイダーを飲みに行くといたしましょうか。

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