トーストにも、いろんな種類がありますよね。そんな種類のひとつに、フレンチ・トーストがあります。実は私、フレンチ・トースト大好き。
トーストを、溶いた卵と牛乳にしばし漬けておいて、後ほどフライパンで焼くだけ。ふんわりとした食感と甘みとが魅力のトーストです。
英語の「フレンチ・トースト」は、1660年頃から使われているという。ということは1660年代にはトーストがあり、またフレンチ・トースト式の食べ方があったということになります。「フランス風トースト」が。
でも、フレンチ・トーストがフランスで生まれたとの保証はありません。それというのも、イギリス人は昔から言いにくいことを、「フレンチ………」と表現することがあるからです。
たとえば、「フランス・リーヴ」。主に挨拶なしに帰ることを、「フレンチ・リーヴ」。しかしフランス側でも負けてはいない。まったく同じことを、「アラングレエ」。「イギリス人のやり方」と言っているのですから。
まあ、お互いに都合の悪いことは相手のせいにしておくのも、ひとつの方法かも知れませんが。
ファッションのほうにも、「フレンチ………」はありまして。「フレンチ・スロップ」fr ench sl op 。「スロップ」は、古語のズボン。ゆったりと太い、膝下までのズボンのこと。これもいささかだらしなく感じられたので、「フレンチ・スロップ」としたものでしょう。
フレンチ・トーストもこれに似ていて。二、三日前の、少し堅くなったトーストを柔らかくしてから食べる。「けち臭いと思われやしないか」。そんな心配があったのかも。それで、「フレンチ・トースト」。しかし、美味であればそれで良いではありませんか。
フレンチ・トーストが出てくる小説に、『雲のゆき来』があります。昭和四十五年頃、中村真一郎が発表した物語。
「私は寝床のなかで ブラック・コーヒーを二杯飲んで頭のなかから酒精分を放逐し、次手にスパニッシュ・オムレツとふれ・トーストとオートミールとトマト・ジュースという………………」。
もちろん、物語の主人公の朝食風景なんですね。うーん。スペインがあって、フランスがあって、イギリスがあって。アメリカのトマト・ジュースだとすると、世界一周みたいな気分の朝食ですよね。
では、アメリカの朝食はどうなのか。
「よかったらベイグルあるわよ。あるいはトーストもできるわ」ジョスリンが首を振った。
1994年に、ロバート・B・パーカーが発表した『歩く影』の一節には、こんなふうに出ています。もちろん、アメリカといいましても、いささか広うござんすからね。さまざまな朝食があるに違いありません。
『歩く影』には、こんな描写も出てきます。
「タン色のトレンチコートにグレイのソフト帽をかぶったデスペインがフォードから降りて私の方へ歩いて来たが………………」。
デスペインは、警察署署長という設定。
トレンチ・コートは1910年代からの、英國の流行で。ということは、「有帽時代」の服装。やはりトレンチ・コートには、ソフト・ハットがお似合いでしょうね。
トーストにバターがお似合いであるように。