スノッブとスーツ

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スノッブは、ときどき使う言葉ですよね。sn ob を英語辞典でひいてみますと、「紳士気取りの俗物」などの訳語が並んでいます。
スノッブは、1781年頃から使われている英語なんだとか。でも、どうしてスノッブがスノッブなのか、よく分ってはいないらしい。
ひとつの説として、「靴屋」を指す古い言葉から出たとも。「スニップ・コブラー」が短くなって、「スノッブ」。ほんとうなんでしょうか。
1976年に、吉行淳之介が書いた随筆に、『スノッブ』があります。

「スノッブとは、簡単にいえば「上品ぶる俗物」とか、「いなか紳士」という意味である。」

そんなふうに第一行を書きはじめています。「いなか紳士」は、言い得て妙ですね。もう少し先を読みますと。

たとえば、「歌謡曲なんて低級なものですわ、あたしはクラッシック専門ですのよ」というような態度に反撥して、わざと「霧・港・恋・星・花・夜」などという言葉が氾濫している流行歌をわめき散らすと、それも裏返しのスノッブになってしまう。

そんなふうに書いています。「いなか紳士」になるもならなのも、なかなか難しいものですね。
スノッブが出てくる伝記に、『エスコフィエ』があります。2001年に、ミッシェル・ガルが発表したエスコフィエの伝記。この中に。

「このような申し上げ方を許してもらえるならば、私たちは客以上にスノッブにならなければなりません。」

これは、エスコフィエが、セザール・リッツに対しての発言。時は、1884年頃。所は、モナコ。
その頃、リッツは世界最高のホテルを夢見ていた。世界最高のホテルに欠かせないのが、世界最高のレストラン。そこで、そこでリッツとエスコフィエとが会ったのです。
当時、エスコフィエの強敵に、ジロワという料理人がいて。エスコフィエがジロワに勝つための唯一の方法が、「スノッブ」だと説いたわけであります。
エスコフィエがスノッブに託して言いたかったのは、「創造」。ジロワは伝統料理の巨匠。これに対してエスコフィエは、創造力においてジロワに勝ろうと考えたのでしょう。
十九世紀末の料理界、キッチンの裏側は、今よりも乱暴なところもあった。エスコフィエの下には六十名からのスタッフが働いていて。忙しいこともあって、言葉遣いも乱れている。エスコフィエはまず料理人の内側での言葉遣いを改めた。佳い料理のためには、佳い言葉でなければならない、と。
エスコフィエの信念は服装にも及んで。料理人が汚れたユニフォームを嫌った。外出するなら、白襟にタイを結び、スーツを着着ることを勧めたのです。

「折れ襟のシャツに黒いネクタイを水兵結びにして留め、ダークグレーのスーツを着ていた。足下には白いゲートル、エナメルのくts、手は褐色の皮手袋で包んでいる。」

これはその頃、「サヴォイ・ホテル」の支配人だった、リチャード・ドイリー・カートの着こなし。
文中、「水兵結び」とあるのは、今の「一重結び」のこと。1880年代にはすでに「ラウンジ・スーツ」は、新しい紳士の服装になっていたのですね。
ここからも窺えるように、スーツは実は自分のためではありません。相手に対する礼儀として、失礼がないように、身を正す道具なのです。
なんてことを言ってる私もまたスノッブなのでしょうが。

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