獺虎とラウンド・カラー

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獺虎は、動物の名前ですよね。海上生活のできる動物。むかし多くて、いま少ない動物でもあります。
どうして現在は獺虎が少ないのか。乱獲によって。それほどに獺虎の毛皮が珍重された時代があったのです。ことに、帽子や外套の襟に獺虎の毛皮が用いられて。
その意味では、ビーヴァーにも似ています。ビーヴァーは十八世紀から十九世紀にかけて乱獲。結果、一時、消滅しかかった。その時代のトップ・ハットの材質に最適だったから。ビーヴァーが獲れなくなったので、代りにシルク・プラッシュが使われるように。これが「シルク・ハット」なのです。

「時ならぬ白チリの襟巻に、獺虎の帽子、黒七子の紋付羽織は、少々柔弱すぎたこしらへなり。」

坪内逍遙が、明治十九年に発表した『当世書生気質』の一節に、そのように出ています。
明治二十四年に写された坪内逍遙の写真を見ると、獺虎の襟つきののオーヴァー・コートを着ています。襟ばかりか、大きく折り返された袖口にも、獺虎の毛皮があしらわれているのです。

「背広の上にラッコ毛皮の衿のついたコートを着て右手はポケットの中に左手は毛皮の帽子を握っている。」

松本清張著『文豪』にも、坪内逍遙の写真をそのように説明しています。
でも、これはとくに坪内逍遙が獺虎を偏愛したというのではない、それほどに獺虎が流行ったのでした。
昭和二年に。坪内逍遙が早稲田大学での講義を終えて出た時の写真も遺っています。
坪内逍遙は、チェスターフィールド型のコートに、獺虎の毛皮帽をかぶって。右手にステッキ。左手にアタッシェ・ケース型の鞄を持っています。
その下に着ているのは、ラウンド・カラーの、折襟。
ラウンド・カラー自体は、十九世紀はじめからあったものです。高い、ハード・カラー。その先端が頸に刺さって痛いので、丸くしたもの。つまり今日のラウンド・カラーは、古典であり、郷愁の襟でもあるのです。
ラウンド・カラーのシャツを着て、坪内逍遙の本を探しに行くとしましょうか。

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