シャルルとジレ

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

シャルルは、フランスの男に多い姓ですよね。
シャルルで、シャンソン歌手でといえば、シャルル・アズナブールでしょうか。
シャルル・アズナブールは、1924年5月22日、巴里に生まれています。アズナブールの代表曲は、『イザベル』でしょうか。もちろん、戀の歌。イザベルに捧げる歌。歌というより「語り」で、アズナブールならではの「藝」にうっとりとさせられてしまいます。
私は勝手にアズナブールを、シャンソン歌手きっての洒落者と考えています。アズナブールのネクタイの結び方が、美事。結んだ大剣の端をさりげなくパンタロンの内側に仕舞っておくんですね。
シャルルには、洒落者が多いのかどうか。シャルル・ボオドレエル。
『巴里の憂鬱』でも知られるフランス、十九世紀の大詩人、シャルル・ボオドレエル。
ボオドレエルがその晩年に、傾倒したのが、ダンディスムだったのであります。
ダンディズム自体はイギリスの生まれですが。やがて、フランスに輸入されて、「文學用語」としても用いられたようです。そして、その張本人のひとりが、シャルル・ボオドレエルでありました。

「ダンディは絶えず崇高であることを熱望しなくてはならぬ。彼は鏡の前で生き、かつ眠らなくてはならぬ。」

ボオドレエルは、『赤裸の心』の中に、そんなふうに書いています。
『赤裸の心』は、芥川龍之介の『侏儒の言葉』に似て、ボオドレエルの断片集なのですが、ダンディスムについての名言がたくさん出てきます。ボオドレエルがかなりダンディスムを崇拝していたことが分かるものです。
日本の作家で、ということになりますと。やはり、永井荷風でしょうね。永井荷風は、明治四十三年に発表した『新橋夜話』の中で、ダンディスムについて、大いに語っています。
もちろんフランス文學からの影響だったのでしょうが。日本へのダンディスムの輸入は、永井荷風がはやかったのではないでしょうか。

「その着てゐる藍色の胴衣が詩人Byr on をして夜も眠れぬ程不快ならしめたといふかの洒落者………………」

これは、ボオ・ブランメルのジレのことなのね。
ロード・バイロンはボオ・ブランメルの着ているジレを見て、夜も寝られなかったのでしょう。
ボオ・ブランメルは、特別に身体にフィットさせたジレを仕立てさせて。これに一本の皺も出さずに、深々とお辞儀する術を身につけていたらしい。それは、ブルーだったのですね。
なにかブルーのジレを着て。アズナブールのレコードを探しに行くとしましょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone