風呂とブート二エール

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風呂は、湯のことですね。風呂屋は、湯屋のことであります。
風呂屋は今でも使われる言葉。湯屋は、江戸語というべきでしょう。「湯銭」は、入浴料のこと。ただし湯屋は実際には、「ゆうや」と発音したんだそうですが。
風呂を贅沢にしたものに、温泉があります。もともとは目的そのものが違っていたのでしょう。風呂は、清浄のために。温泉は、湯治のために。どこか身体の具合を治すために、温泉に入った。
日本で最初の温泉。そう断言してよいのかどうか。松山の道後温泉もまた、古いんだそうですね。道後温泉を見つけたのは、少彦名命だと伝えられています。
ある時、傷ついた鷺が飛んで来て、湯に。ここから湯の効能に気づいた。ほとんど神話の世界ではあります。少彦名命と書いて、「すくなひこなのみこと」と訓みます。古代の医療の神様。
その昔、聖徳太子は道後温泉を訪れて、記念碑を建てたという。ことにまわりの景色を愛でたという。
道後温泉で泳いだのが、夏目漱石。

「おれは人の居ないのを見澄ましては十五畳の湯壺を泳ぎ巡って喜んでいた。」

夏目漱石著『坊ちゃん』にそのように出ています。
それからしばらくしてから、また行くと。
「湯の中で泳ぐべからず」
と、書いてある。温泉で泳ぐものは他にいないだろうから、おれのことに違いない、そんなふうにも書いたいます。
松山は、正岡子規の故郷でもあって。俳句に親しい土地柄。街を歩けば、俳句の投稿箱があったりするほどです。
夏目漱石も、正岡子規の影響から、俳句をはじめています。子規に添削も頼んだり。漱石の句に、子規がちょっと手を入れると、一変すること不思議であります。
風呂の出てくるミステリに、『イギリス式濾過器』があります。1926年に、C・E・ベチョファー・ロバーツが発表した物語。

「ラヴァレロは毎日、目方を減らすために、午後に風呂にはいっているんです。」

ここからの想像として。1920年代の英國人は、必ずしも毎日の入浴習慣はなかったのでは。
少なくとも日本人の風呂好きは、英國にはあてはまらないようですね。
また、『イギリス式濾過器』には、こんな描写も出てきます。

「お定まりのグレイのフロック・コートに膝の出たしわくちゃのズボンのホークスは、胸にばらなどをつけて、おしよせた群衆の間に沈みこんでしまっていた。」

これは二人の英國人が、ロオマへ旅する場面。ロオマ駅で大歓迎となっているところ。
「ホークス」とは、A・B・C・ホークスという人物。列車での長旅で、せっかくのトラウザーズが皺になったものでしょう。
でも、襟穴に薔薇を挿すのは、忘れてはいません。1920年代はもちろん、ブート二エールの流行期でしたから。
使い終ったブート二エールを、風呂に浮かべてみましょうか。

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