エナメルは、エマイユのことですよね。
英語で、エナメル。フランス語で、エマイユ。日本語なら、「琺瑯」でしょうか。琺瑯のポットなんてのもありますよね。
そうかと思うと爪へのマニキュアもエナメルのひとつですから、ずいぶんと幅の広いものです。
おしゃれの中にも、「エナメル・シューズ」、「エナメル・バッグ」なども珍しいことではありません。学生帽の鍔、あれもエナメルの一種だったのでしょう。
「………紅いエナメル皮手頸につけた時計を巻いてから…………………。」
昭和十五年に、宮本百合子が書いた『三月の第四日曜』に、そんな一節が出てきます。場所は、当時の上野駅。「サイ」という女性が駅の大時計を見て、自分の腕時計を合せている場面。たしかに、時計のバンドにも、エナメルはあるでしょうね。
でも。1946年に宮本百合子が書いた『播州平野』にも、エナメルが出てくるのです。これはどう考えれば、よいのでしょうか。宮本百合子はエナメルがお好きだったのではないか。
「………軽い絹絲のスウェターに、踵の高い、旅行向きでないエナメル靴をはいている。」
これは「ひろ子」が見た若い女についての観察として。
エナメルが出てくる小説に、『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』があります。1954年に、トオマス・マンが発表した長篇。
ただし物語の時代背景は、1900年代と考えるべきでしょう。トオマス・マンが、
『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』を書きはじめたのは、1910年のことですから。
昔むかし、「ジョルジュ・マノレスク」という詐欺師がいまして。この人物が1905年に、『泥棒の王様』という回顧録を出して。これを1906年にトオマス・マンは読んだらしいですね。
それをヒントに創作として仕上げたのが、『詐欺師フェーリクス・クルル』だと考えられています。
「………純白のカラーから柔らかなゲートルと鏡のように磨き込まれたエナメル靴まで……………………。」
これは主人公が、ショオウインドオを眺めている場面なんですが。
『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』には、こんな描写も出てきます。
「………黒い燕尾服に黒い蝶ネクタイの二人の副ボーイ長のうちの一人が……………………。」
これは主人公のところにやって来た人物の着こなしとして。
「黒い燕尾服に黒い蝶ネクタイ」。たぶん、「変だなあ」と思うことでありましょう。この舞台背景は、あるホテルのレストランと設定されているのです。
サーヴィス係が、燕尾服にブラック・タイを結ぶのは、珍しいことではありません。
サーヴィスされる客と明確に区別されるように。
どなたかホワイト・タイが映える燕尾服を仕立てて頂けませんでしょうか。