アテネと亜麻

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

アテネは、ギリシャの首都ですよね。古代ギリシャの時代から、アテナイ人が住んだ町だったという。
このアテネと関係があるのかないのか。むかし「アテナ・インク」というのがありました。たしか日本橋の「丸善」で売っていたような記憶があります。
日本に舶来のインクが入ってくるようになったのは、明治になってからのことなんだそうです。明治五年には、フランス製のインクが輸入されています。
日本製では、明治十七年に、「帝國インキ」がはじまっているとのことです。
丸善が国産インクを売るようになったのは、大正十八年のことであったらしい。これは「安井敬七郎」が作ったインクだった、と。
ところで、インクなのかインキなのか。明治期には多く「インキ」。それからだんだんと「インク」が一般的になったと、伝えられています。
では、幕末の頃には、どうだったのか。

「夫れから墨も、西洋インキの有られやう譯は無い……………。」

福澤諭吉は『福翁自伝』に、そのように書いてあります。今のインクの代りに墨汁を使ったんだそうです。では、ペンはどうしたのか。鳥の羽。その頃の大坂に鳥問屋があって。鳥の羽を売っていて。これを買ってきて、小刀で削る。それをペンとして使ったと、福澤諭吉は、『福翁自伝』の中に書いてあります。

アテネが出てくる小説に、『若き日の変転』があります。1928年に、カロッサが発表した、若き日の自伝ともいえる内容になっているのですが。

「だから、前にいったように、アテナイ人だったら、彼女にも有罪の判決をくださなかったろうね。」

これはカロッサの友人の言葉として。また、『若き日の変転』には、こんな文章も出てきます。

「それは非常に綺麗な紅い色で、真昼の日ざしを浴びた、両親の庭の、改良種の亜麻に似ていた。」

これは「ビロードの上衣」について。亜麻がリネンの原料であることはいうまでもないでしょう。
これはカロッサに、故郷から送られてきた衣裳。近くカーニヴァルがあって、皆、扮装することになっているので。
どなたか亜麻糸のシャツを、仕立てて頂けませんでしょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone