メキシコ人とイギリス人

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メキシコ人は、メキシコに生まれ、育ったお方のことですよね。メキシコ国籍を持つ人物。
それはちょうど、日本に生まれ育った人が、日本人であるのに似ているでしょう。
メキシコについてただひとつだけ知っているのは、「テキーラの国」であること。日本に日本酒があるように、メキシコにはテキーラがあります。また、メキシコ人はテキーラに誇りを持っていて、大切に飲む習慣もあるようです。
テキーラの特徴は、原料が竜舌蘭であること。葡萄からワインが生まれのに似て、テキーラは竜舌蘭から。

1970年代に、メキシコにテキーラを飲みに行って作家に、北 杜夫がいます。その折の紀行文は、『マンボウ夢遊郷 中南米を行く』に、詳しく述べられています。

「この液体を飲まされたが、かすかに暖かく、まだアルコールは薄い。次に、もう一度冷やされ蒸留された奴を飲まされると、まさしくアルコール分四十五度のテキーラの味だった。」

北 杜夫はテキーラ工場で、ほやほやのテキーラを頂いたものと思われます。

ほぼ同じ頃の日本で。料理人の、茂出木心護が、ビール工場の見学に招かれて。茂出木心護は、日本橋「たいめいけん」の創業者。
ここで、茂出木心護はほやほやのビールを。それがまた、美味かった。以来、茂出木心護は、ややぬるめのビールを愛飲したそうですね。

魅力あるメキシコ人が出てくる小説に、『アシェンデン』があります。イギリス人作家、
サマセット・モオムが1928年に発表した連作小説です。
1911年頃、モオムはほんとうに秘密諜報部員だった時期があって、その体験をもとに書いた小説。
実は。『アシェンデン』は出版に際して、検閲を受けています。検閲されて、約三分の一ほど、削除。実際に削除したのは、チャーチルだったとも。1911年からすれば、15年以上経っているのですが、それでも、国家機密に触れると、チャーチルは考えたのでしょう。
そんな『アシェンデン』が面白くないはずがありません。
当時のアシェンデンは、つまりhモオムのことなのですが。まず日本に来、敦賀からウラジオストックに渡っています。その目的はロシア革命を阻止するためだったという。

「青いサージのスーツを粋に着こなし、上着の胸ポケットには絹ハンカチが洒落た格好に突っ込まれていた。」

モオム著『アシェンデン』には、そのように説明されています。「毛無しのメキシコ人」を。本名は、マヌエル・カルモーナという謎のメキシコ人。もちろんアシェンデンは、上司の「R」から、相棒として紹介される場面。全身、香水。爪には真っ赤なマニキュアというのですから、只者ではありません。
モオムの『アシェンデン』を読んでおりますと、こんな文章も出てきます。

「………夫のケイパーのほうは、長靴下にゆったりとしたゴルフズボンという、いかにもイギリス的な服装だった。」

ここでの「ケイパー」は、スイス人という設定になっています。それが山歩きの服装として、「ゴルフズボン」。イギリス人であるアシェンデンの目からも、「イギリス的」だと思われた。
要するに、実用性を重んじるということなのでしょう。こんなところにも「イギリス」を学ぶためのヒントが隠されているのでしょうね。

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