藤田で、画家でといえば、藤田嗣治でしょうね。藤田嗣治についての説明は要らないでしょう。あの「乳白色」の藤田であります。
藤田嗣治と交友があったひとりに、薩摩治郎八がいます。1920年代の、巴里で。ある時、藤田嗣治が交通事故で入院した折にも、薩摩治郎八はお見舞いに行っています。
藤田嗣治は巴里の街を歩いていて、自動車にはねられて。藤田は意識不明のまま、病院へ。病院ではとりあえず、大部屋に。やがて院長先生の検診となって。院長先生は藤田嗣治の足の裏が白いのに驚いて、すぐに上等の個室に移したという。1920年代の巴里人は毎日、風呂をつかう習慣でもなかったから。よほど高貴なお方と思われたのでしょう。
薩摩治郎八は、純銀製の自動車に乗ったそうです。純銀製の車体の上に、紫色の塗装をして。扉の把手のところには、薩摩家の揚羽蝶の家紋が入っていたという。とにかく天文学的数字のお金をたったひとりで煙になさった、羨ましいお方であります。
薩摩治郎八で、もうひとつ羨ましいのは、筆の立ったこと。随筆の名手でもありました。たとえば、『香水 物語』を開いてみますと。
「男性の匂いはフウジェールとかラヴァンドを原料としたサッパリしたものでなくてはならぬ。」
と、書いています。「フウジェール」は、フージェールのことでしょう。つまり羊歯の香り。優雅で、高貴で、神秘の香りなのでしょう。
さて、フージェールの香りで、藤田嗣治の絵を観に行くといたしましょうか。