コーヒーとコッドピース

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コーヒーは、美味しいものですね。ただ美味しいだけでなく、気分転換にもなってくれます。
またコーヒーは、人によっては創作の原動力にも。よく知られているところでは、オノレ・ド・バルザック。バルザックはコーヒーの力によって、小説を書いたという。
レイモンド・チャンドラーにも似たような話があって。1940時代。急遽、ハリウッドの脚本を仕上げなければならないことになって。やはりバルザックのように、コーヒーを片手に原稿を書いたと、伝えられています。
コーヒーは原稿執筆の特効薬でもあるのでしょう。
では、日本人ではじめてコーヒーを飲んだのは、誰であったか。これはたぶん、すぐには結論の出ない問題かと思われます。

焦げ臭くして味あふに耐へず………………。

大田南畝はその著『瓊浦又綴』に、はじめてコーヒーを飲んだ時の感想を、そんなふうに書いています。これは、長崎で、ロシアのナザレフ特使と会見した折の経験として。
でも、ほんとうはコーヒーはもっと以前から飲まれていたらしい。やはり長崎の出島で。オランダ人も人の子で、女性が戀しくなることも。そこで、ひとつの特例として。丸山遊女は出島に出入りが許されたのであります。
丸山遊女がオランダ屋敷に行くことは、食事もしたでしょうし、コーヒーも飲んだことでしょう。
事実、丸山遊女はオランダ人から、コーヒーの道具を与えられてもいます。これは当時の記録に遺っていること。それというのも、出島への出入りは役人が厳しく見張った。いつなんどき、誰が何を持って入ったのか。また、何を持って、出たのか。この中の品目に、コーヒーを淹れるための容器が記載されているからです。
日本の国内で、はじめてコーヒーを飲んだのは、たぶん丸山遊女が最初だったろうと、思われます。
コーヒーが出てくるミステリに、『ドン・ファンの死』があります。1965分に、エラリイ・クイーンが発表した短篇。

「エラリイが二杯目のコーヒーを飲みおえたとき、電話が鳴った。それは、ロージャーだった。」

これはエラリイ・クイーンが朝食を食べている場面。
また、『ドン・ファンの死』には、こんな描写も出てきます。

「衣裳も昔のとおりのダブレットとホーズからコッドピースまですっかりそろっているんです。明日の晩に初日をあけますよ。」

これは、劇場の、ロージャーの科白。中世の劇なので、中世の衣裳を用意してあるとの説明なのですね。
「コッドピース」c odp i ec e は、股袋のこと。中世の男の脚衣は、トランクス・ホーズが主で。これは風船に似た半ズボン。
前開きの作りが稚拙なので、いっそ袋状に膨らませたのが、「コッドピース」だったのです。
時代とともに前開きの仕立てが発展して、今のようなフライ・フロント式になったものであります。
今、トラウザーズを穿く時、中世の男に生まれ合わせなかったことに、感謝しようではありませんか。
もしトラウザーズの前にコッドピースが付いていたなら、コーヒーもおちおち飲めないではありませんか。

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