英国は、イギリスのことですよね。大英帝国。イングランド。
「日の沈むことのない国」。その昔、植民地時代の英国はそんなふうに呼ばれたんだそうです。もちろん世界中に領土を持っていたので。
英国はビスケットの国という印象があります。イギリスは紅茶の美味しい国。紅茶のお供には、ビスケットがよく合いますからね。
ビスケットbiscit
は、1330年頃の英国にはじまっているんだとか。フランス語の「ビスキュイ」から英語のビスケットが生まれています。その意味は、「二度焼き」。一度焼いたら、パン。それをもう一度焼いたら、ビスケット。ざっとそんな意味だったのでしょう。ビスケットは、イギリス英語。
アメリカ英語では、「クッキー」になるんだそうですが。アメリカはクッキーの国で、イギリスはビスケットの国。そんな言い方もできるかも知れません。
「用心口を鎖してお寝間へ戻り給ひしが再度立つてお菓子戸棚のびすけつとの瓶をとり出し」
樋口一葉が、明治二十八年に書いた小説『われから』にそんな一節が出てきます。一葉は、「びすけつと」と書いていますが、たぶんビスケットのことでしょう。明治二十七年頃、一葉もまた、ビスケットを召しあがったのかも知れませんね。
それにしてもなぜ英国がビスケットの国であるのか。まず第一に、イギリスはビスケットの種類が多い。たとえば、「アンザック・ビスケット」。anzac
と書いて、「アンザック」と訓みます。これはもともと、「オウトレイリアン・アンド・ニュウジランド・アーミー・コープ」の意味だったもの。その頭文字をとって、「アンザック・ビスケット」。
アンザック・ビスケットはふつう、オートミールとココナツを主体ににしたビスケット。保存性が高いので、第一次大戦時、オーストラリアやニュウジランドに出兵する兵士が持って行ったので、その名前があるんだとか。
もちろん今ではごく一般に家庭でも食べられるビスケットになっているのですが。
いかにも英国らしいビスケットに、「バス・オリヴァー」があります。十八世紀、温泉地のバスで、医者のウイリアム・オリヴァーが考案したので、その名前があります。もともと、薬だったビスケットなのですね。
あるいは、「オールバター」もイギリスならではのビスケット。しっとりとした感触のビスケット。もっとも「オールバター」は、名前。全部バターで作られるわけではありません。
あるいはまた、「ワゴンボール」。丸い形のビスケットなので、「ワゴンボール」。1950年代に、ガーフィールド・ウエストンが考えたので、その名前があります。今は「バートン社」のワゴンボールがよく識られているようですが。
英国人の好きなビスケットに、「ダンク」があります。シンプルなビスケット。紅茶に一度浸けてから食べるビスケット。
英国が出てくる研究書に、『衣服のアルケオロジー』があります。1981年に、スイスの、フィリップ・ペローが発表した論文の
「ヴェニス産あるいは英国産の針編みのレース」
これは十九世紀の巴里風俗のひとつとして。また、こんな文章も出てきます。
「黒のズボン、光沢のあるエスカルパンと一緒に着用される。」
もちろん、男性の礼服についての説明として。
エスカルパンescalpin は、パンプスのこと。ここでの「エスカルパン」は、エナメルの舞踏靴を指しているものと思われます。
どなたか十九世紀のエスカルパンを再現して頂けませんでしょうか。